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読んだ本などの記録

今福龍太 『クレオール主義』

クレオール主義―パルティータ〈1〉 (パルティータ 1)

クレオール主義―パルティータ〈1〉 (パルティータ 1)

 

文化人類学者、今福龍太の主著。1991年に初版刊行以降、改訂や改版を繰り返して来た本の「完全版」ということらしい。ラテンアメリカを中心にさまざまな言語や文化が混じり合った土地についての考察が集まっている。

失われた景観がそこにある。
それは、歴史とよばれる嵐が無垢だった土地の上にひとときの幻影にも似た繁栄をよびこみ、やがて非常に立ち去っていったあとに残された瓦礫のような光景だ。喧騒から静寂への急激な変化が、土地に住む人々の耳に夢のような幻聴をもたらし、隣人の消滅は人々の舌を凍りつかせ、夕暮れの飼い犬たちを寡黙にさせた。衰退と喪失のイメージが色濃くたちこめるなかで、土地の風景は歴史によって荒廃を深め、断片化され、それが本来持っていた「意味」を鋭く変容させられていった。

はじめてこの本を手に取ったとき、その語り口に強く惹かれたのだった。土地の風景や、人々の暮らし、そしてそこで問題視される権力の問題、それらが語り進められると同時に喚起されるイメージの豊饒さがたいへん魅力的な本である。

本書で日本のことが語られることはない。けれども、ここでの非中心的なまなざし、というか、疎外されたものへの視線、マイナーなものに対する言葉に触れていると、いま、我々が自分たちの住んでいる国に言及するときに、無視されているものが自然と意識にあがってくる。「日本」、「日本人」を語るときに、その言葉でくくられているもの(逆に、そのくくりから外されているもの)はなんなのか。それを明確にすることによって、いかなる権力がそこで働いているかも明確にすることができる。

2017年6月に聴いた新譜

怒涛の5月が終わった、と思ったのだが怒涛の6月が続いており、気がつくと女性ヴォーカルのR&Bばかり聴いていた気がする。

シャロン・ベンソン

シャロン・ベンソン

 

なかでも良かったのは、シャロン・ベンソン。90年代R&Bに売れ損なった英国のR&Bのアルバムの再発とのこと(松尾潔のラジオで流れていた)。大変に名曲揃いであって、聴いてると昨今のR&Bのトレンドのなかに90年代のエッセンスがいかに取り込まれているのかをしっかりと理解できるような。


Sharon Benson-Rock Me Down

とくにこの曲は、今月、仕事が終わった帰りの電車のなかで、自然と聴きたくなった。甘やかな調べに包み込まれ、リラックスできる。

Voyager [帯解説・歌詞対訳 / ボーナストラック2曲収録 / 国内盤] (BRC549)

Voyager [帯解説・歌詞対訳 / ボーナストラック2曲収録 / 国内盤] (BRC549)

 

アメリカのMoonchild(裸の太陽〜、で有名なMoon Childではない)もめちゃくちゃ聴いた。メロウもメロウ、どメロウすぎてもはやイージーリスニングの域に達している気もするのだが最高。超オシャレ。超モテそう。

3-D THE CATALOGUE

3-D THE CATALOGUE

 

Kraftwerkが近年続けていた3D映像付きのライヴ・ツアーの音源をまとめたものも今月前半はよく聴いていた気がする(なにせ、これ、CDでいったら8枚組なので時間をとられるわけである)。改めて聴いたら「テクノのパイオニア、的な語られ方するけど、そんなに踊れる曲があるわけじゃないし、牧歌的な音楽だよなぁ……」と思う。メディア・アーティストのようだけれども、そこまで先駆的なことをやっているわけではないし、もはやベンチャーズとか伝統芸能の世界に近い。もはや時代のほうが彼らの考えていた「未来っぽさ」を追い越してしまって、彼らの音楽が携えているムードが「永遠のレトロ・フューチャー」というか、小松崎茂的な世界観に落ち着いてしまっている。そこが良いんだけれども(最新機材を使っても、昔の曲が大きく変わるわけでもないし)。

サニーデイ・サービスの新譜、Apple MusicとSpotifyの配信でしかリリースしないというヤツも良かったな。前作『DANCE TO YOU』の延長線上、かつ、より密室におけるダンス・ミュージック的な雰囲気が高まっている。ceroとかああいう今様R&Bに呼応する日本の若いバンドの影響が曽我部恵一にもきているのか?、と思ってしまうのだが、「曽我部恵一の音楽」の大枠をまったく超えておらず、その結果、かなり独特な音楽になっている気がする。

Ctrl

Ctrl

 

シザのファーストは待望の、といっても良かった。ずっと彼女の活動を追ってきた、というわけではないのだけれど、ここ1年ぐらいR&Bを聴いていたら、やたらとヴォーカル参加で名前を見て、彼女の参加している曲がことごとく刺さったから。派手な感じは全然ないんだけれども、とにかく声が好きで。

Collxtion II

Collxtion II

 

同時期にでたカナダ出身のSSW、アリー・エックスも面白く聴いていた。これ、なんかちょっとK-Popっぽい感じがあって。トラックには力を感じてカッコ良いのだけれども、ヴォーカルにそこまで力強い感じがない(下手なわけではないのだが、結構脱力系のヴォーカルである)、そのバランスの悪さがK-Popっぽいし、あと、そもそものメロディラインがK-Popっぽいのだった。 

何度でも新しく生まれる(DVD付)

何度でも新しく生まれる(DVD付)

 

先月も言及したMondo Grossoだが、まだアルバムのほうはよくわかってない。ひさびさにUAの歌声を聴いたな、と思ったが……。

Another Love Song

Another Love Song

  • アーティスト: NE?YO
  • 出版社/メーカー: Digital Distribution Palestinian Territory Occupied
  • 発売日: 2017/05/30
  • メディア: MP3 ダウンロード
  • この商品を含むブログを見る
 

ニーヨのシングル。ニーヨによるブギー、と松尾潔のラジオで紹介されていて、すげえ繰り返し聴いた。エグエグ、ブリブリのブギーじゃなくて、ちょっとソフトな感じなのが、ニーヨのセンスなのか。この路線でアルバムが来たら、最高だろうな、と期待が高まる。 

I'm Not Your Man

I'm Not Your Man

 

マリカ・ハックマンにはビックリした。これが2作目となるアルバムだそうだけれども、センス爆発。宅録っぽい空気感のなかで初期のレディへやニルヴァーナを彷彿とさせるものを見せてくれる。

The Extinct Suite

The Extinct Suite

 

昨年のセカンド・ソロ『Tender Extinction』に引き続いてのスティーヴ・ジャンセンのサード。1トラック、1時間弱の組曲で、セカンドを再構成したもの、という位置付けらしい。ほとんど全編がアンビエントなドローンによって占められたインストなのだが、時折、スティーヴ・ライヒ的なリズミカルな要素がでてきて、ハッとさせられるような美しさがある。

The Singles [帯解説 / HQCD(高音質CD)仕様 / 国内盤] (TRCP214)

The Singles [帯解説 / HQCD(高音質CD)仕様 / 国内盤] (TRCP214)

 

Canのシングル集。「Future Days」にシングル・エディットとかあったのか! と驚きつつ聴く。

Sintetizamor

Sintetizamor

 

ジョアン・ドナート、御歳82歳が息子のドナティーニョと組んだ衝撃のアルバム。ブギー・ディスコのトレンドを完全に取り込んで「ブラジルのDaft Punk」みたいなことになっている。ジャケットの狂気具合もすごい。 

Weather Diaries

Weather Diaries

 

Ride、21年ぶりのアルバムとのこと。初めて聴いたが、tdさんが狂喜するのも納得のサウンド、というか、こんなの嫌いになれるわけがないでしょう、というギター・サウンド。

覆面女性R&Bシンガー、H.E.R.のセカンド。「ザ・今様R&B」って感じで内容はもちろん悪くないのだが、覆面、であることによって損してる部分もあるよな、と思わなくもなかった。結局、歌を聴くときに、その歌い手のパーソナリティとか汲みながら聴いたりするわけで。覆面であることは、歌い手への共感であるとか、感情移入とかの手がかりを完全絶ってしまうことになる。

Deep green

Deep green

 

chelmicoのMC MAMIKOのソロ。これもシャレオツな感じで良かったな。 

Destiny

Destiny

  • アーティスト: シェネル,間智子,Mario“Silver Age”Parra,クリス・ジャクソン
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2017/06/14
  • メディア: CD
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あとシェネルの「Destiny」もカッコ良かった。このシンガー、最近初めて知って、May J.的な、ハーフ系の方かと思ってたんだけど「え、日本人じゃないの?(しかも、日本語喋れないの!?)」と衝撃を受けた。山下達郎が英語喋れないことを知ったときと逆ベクトルの衝撃、というか。表題曲は松尾潔作詞。

ウラジーミル・ソローキン 『ブロの道』

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)

 

現代ロシアの鬼才、ソローキンの『氷三部作』より。刊行順に読んでいるので、時系列的には『ブロの道』がエピソード1、去年読んだ『氷』がエピソード2、ということになる。『氷』で「え、ソローキンってこんなにちゃんとしたストーリーテラーの才能があったのかよ!」と驚かされたのだが、本作はさらにその驚きが倍増させられるような感じ。王道的に一人称視点で語られつつも、主人公、ブロ(アレクサンドル・スネギリョフ)の変化とともに、その視点から観察される世界の描かれ方がどんどん変容していく様がかなり面白い。

物語は帝政末期のロシアからはじまるのだが(富裕層に生まれた主人公の少年時代の回想は、ナボコフばりに甘美でセンチメンタルだが)主人公が「人間ではないもの」として目覚めた時点で、物語る言葉が、肉機械・鉄機械といった人間のカルチャーから隔絶された人間による言葉に置換されていき、そうした独特な用語法によって20世紀前半の歴史が描かれるのは痛快。物語上にはおよそ50年ほどの時間が流れているのだが、始まりから終わりまでで「ずいぶん遠いところに連れてこられちゃったな……」という感想が浮かんでくる。

かなり読みやすい作品なので、ソローキンの「最初の一冊」としてもオススメ。

大室幹雄 『劇場都市: 古代中国の世界像』

劇場都市―古代中国の世界像 (ちくま学芸文庫)

劇場都市―古代中国の世界像 (ちくま学芸文庫)

 

大室幹雄山形浩生のアイドルのひとりだったという。中国の歴史的な都市のデザイン、文化的なお遊び、儀式に隠された意味を読み解こうという本。大変に饒舌で、読むのが大変なのだが、こういう毒っぽい熱に当てられる年頃というのはあると思う。分析対象の配置やデザインを思想的・宗教的なコスモロジーに照応して読み解く気持ち良さは、諸星大二郎とか荒俣宏とかフランセス・イエイツにも通ずる。

呉座勇一 『応仁の乱: 戦国時代を生んだ大乱』

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

 

奈良の興福寺に所属していたふたりの僧侶、経覚と尋尊の日記を中心的な史料としながら「応仁の乱」とそれに伴う日本中世社会の変化を描いた一冊。歴史関連の書籍では異例のヒット作となっている。

アダム・タカハシさんが激賞しているのをきっかけに手を出してみたのだが、出版社が宣伝文句として使っている「なんで売れているのかわからない」という言葉が腑に落ちてくる本ではある。とくに冒頭から続く応仁の乱がはじまるまでの経緯を説明する部分。(自分が高校時代かなり良い加減に日本史の授業を受けていたことも要因のひとつだと思うのだが)とにかく登場する人物が多いし、政治的な話が淡々と続くようでついていくのに精一杯になる。

しかし、いざ大乱が勃発してみるとどんどん面白さが加速していく。だから、我慢して、最初のつらい部分は「とりあえず、東西にわかれて戦争が始まったんだな」ぐらいの雑な理解のままでもいいから乗り越えて欲しい。

とくに応仁の乱(京都を舞台にした市街戦である)における戦法の変化を説明するあたりからが急に面白くなる。東軍西軍、それぞれが防御を固めて戦ったため、持久戦となり、それを打開するために機動力がある「足軽」という兵力が生まれた、しかもその足軽のヒューマンリソースは、飢饉のおかげで周辺都市から流入した都市の最下層民によって構成されていた、と戦争と社会とが関連づけられながら説明されていくのがとても面白かった。教科書的な政治の話から、急に動きがでてくる部分である。

ともあれ、本書の最大の魅力になっているのは、登場する歴史上の人物の人となりや、彼らがもったであろう思考回路の描き方だと思った。本書は500年以上の前の世界を扱っている。こうした昔の話を読む場合、当然、読み手はそこでの登場人物を「昔の人」と想定する。現代科学を知らず、迷信ぶかく、現代の人々の思考回路とはまったく違った考えをする「別世界の人物」みたいに。

本書で描かれる人々も、もちろん、現代のわれわれとは違う風習や文化を持っている。しかし、損得勘定や経済的合理性をもって行われる意思決定のプロセスは、ほとんど現代のわれわれと同じ、というか、共感できるものとして描かれている。ここが素晴らしいのである。

戦乱の最中、興福寺の人事が大揉めとなり、最終的に75歳の経覚へとトップ就任のオファーがやってくるあたりなどは、ほとんど現代の会社でも起きそうな話のように読める。興福寺の人事権をもっていた幕府を、興福寺の親会社だとするならば、応仁の乱は親会社のなかで大変な派閥闘争がおこなわれており、ビジネスがまともに動いてない事態だとたとえられよう。

子会社である興福寺も親会社のトラブルの煽りを受けて、業績が最低な状態である。そんななかで「これまでもピンチのときに立て直した実績があったから」と75歳で担ぎ出される経覚。大変につらい立場であるのだが、引き受けざるをえない立場に置かれてしまう。こういう人、いるでしょ、どっかに……。

筆者はあとがきのなかで「試行錯誤を重ねながら懸命に生きた人々の姿をありのままに描き、同時代人の視点で応仁の乱を読み解く」ことを試みたと明かしているが、その試みは見事に成功している、と言えるだろう。同時代の視点が、理解可能なものとして提示されるということは、500年以上の前の視点と、われわれの時代の視点が共役可能なもののように結び付けられることに他ならない。

荒俣宏 『アラマタ珍奇館: ヴンダーカマーの快楽』

アラマタ珍奇館―ヴンダーカマーの快楽

アラマタ珍奇館―ヴンダーカマーの快楽

 

荒俣先生の収集対象って本だけじゃなかったのか……と驚愕した本。自身のコレクションから、自動人形やオルゴール、剥製、といったヨーロッパのビザールな物品だけでなく、明治時代の便器、そして「真打」的な稀覯本を紹介しつつ、過去の珍品コレクターのコレクションを「お手本」として見に行ったり、と大変楽しい本である。まぁ、ホントにこの人、なんでも好きなんだな……と半分呆れつつも、リスペクトしたくなる。しかも、この本にはすごいオチがついている。巻末のあとがきで本書で紹介されているコレクションがボヤで消失した、とか、突風で窓ガラスが割れたのと一緒に壊れちゃった、とかすごい告白がされているのである。期せずして、すでに失われてしまったヴンダーカマーを記録した、大変ロマンティックな一冊となっている。

五十嵐太郎(編) 『卒業設計で考えたこと。そしていま』

卒業設計で考えたこと。そしていま (建築文化シナジー)

卒業設計で考えたこと。そしていま (建築文化シナジー)

 

青木淳、阿部仁史、乾久美子、佐藤光彦、塚本由晴西沢立衛藤本壮介藤森照信古谷誠章山本理顕。著名な建築家の卒業設計、そしてそれが現在のスタイルにつながっているのか、あるいはつながっていないのかをめぐる対談集。知らない建築家ばっかりだったのだが(名前を調べると、ああ、あれか、とピンとくるぐらいの人たちではある)、大変面白く読んだ。

対談の最後はつねに「最近の学生の卒業設計ってどうですか」的な質問で締められる。で、多くの建築家が「最近の学生ってこじんまりとまとまっているよね。スマートなんだけど、野心が感じられない」的に答えているところが、まぁ、なんというか……「わかるな」と。最近の若いコ、マイルドだよね、みたいなところは30歳過ぎたわたしも感じるところであって、どの業界も一緒なんだな、とか。

ただ、これ刊行年を考えると、この本のなかで厳しいことを言われている「若者の世代」って完全にわたしの世代のことなのだった。その証左として、巻末に収録された五十嵐太郎と本江正茂との対談に、オブザーヴァーとして参加している学生(当時)が、高校のオーケストラ部で一緒だった先輩、というのがある(知らずにこの本を手にしてたので名前を見て驚いた)。自分たちが言われてたことを、いまの若者に当てはめて「わかるな」とか思ってるの、って完全おっさんじゃねーか、などと反省してしまった。

卒計の内容も発言も藤森照信の章が一番良かった。「処女作にすべてが出ないような人は、ダメなんじゃない?」とか若者をぐったりさせそうな放言が満載。しかし、これも藤森が丹下健三だとか前川國男だとか槇文彦卒計を調査して、卒計からのその後の作品とのつながりとの関連を見出しているところからなされた発言なのだった。だから、一理も二理もある言葉だな、と。