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文化的消費活動の日記

『ユリイカ 2017年10月臨時増刊号 総特集◎蓮實重彦』

なんだか蓮實先生の追悼記念文集みたいな特集。本人へのロングインタヴューがやはりもっとも面白く、あとは授業を受けた人がある人だとか、ゼミ生だとか、指導されていた学生による思い出語りが良かった。それから蓮實重彦が学生時代に書いた小説も。わたしが通っていた大学で教鞭をとっておられたこともあるので「昔は蓮實重彦が映画の講義をやってて、そこから黒沢清塩田明彦って監督が出てきたんだよ」なんていう話をしている友達がいたことを思い出しもする。

改めて「この人って、マジカルな語り部」なんだなぁ、と思った。みんな、『映画千夜一夜』みたいな「くだけた蓮實重彦」を目撃していないの。みんな「先生」という扱い。尊敬の念が一定の距離を作っている。そして、書くものもフレンドリーじゃないじゃないですか(『伯爵夫人』は最高ですけれども)。それなのに「蓮實重彦のことはチェックしなきゃいけない」だとか「理解しなきゃいけない」だとか、ある種の強制力・誘引力が働く存在として、ある時期から君臨し続けている。本人は引っ張ってないのに、相手の方から引っ張られてくる、この不思議な重力圏がいまやもう珍しい気がして。わからないものに惹きつけられる感じ、これをもっと大事にするべきなのかも、とも思ったり。

向井秀徳 『三栖一明』

三栖一明 ([テキスト])

三栖一明 ([テキスト])

 

向井秀徳がその半生を語る超ロングインタヴューを一冊の本にしたもの、そのタイトルがNumber Girl以前からずっと向井秀徳のアートワークを担当していた高校の同級生の本名だというのがやや倒錯的であり、らしい。やたらと分厚いのだが、Number Girl、そしてZazen Boysを今なお熱心に聴いている人間には大変面白い書物であった。近年解散寸前時期のNumber Girlの様子については『ギターマガジン』誌で向井秀徳田渕ひさ子というふたりのギタリスト同士で語られたものを読んだりしていたが、本書ではより生々しく、解散直前の様子が明らかになっている。まぁ、ファンブック、でしかないわけだけれども、面白くてゲラゲラ笑いながら読んだ。

千葉雅也 『勉強の哲学: 来たるべきバカのために』

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

齢、33歳を目前にして「話題の思想書」が面白くなってきている。これはTwitterで仲良くさせていただいている淵田仁さんが激賞してきた本だった気がする。「東大・京大でいま1番読まれている本!」と書影で煽られているが、大変良い本。

なんか勉強するとなにかがわかってくるから、いろいろ細かいことに気づいてしまって、勉強する前と同じふるまいができなくなってしまう。これを本書でこれは「バカ」の状態から勉強して「ノリが悪くなっている状態」と表現される。もう「場から浮いちゃってる状態」、そうした状態におけるふるまいや思考を哲学的に捉え直していく。

感心するのは、本書における「勉強」と「哲学」という言葉が深くつながっていて、勉強について哲学的に語ることが、哲学的な営みを語ることになっている点だと思う。どちらも知的な探求であるわけだから当たり前、といえば、当たり前なんだけれども、そういえばかつては「勉強家」という肩書きを標榜していたこともあって、体感的に理解できる感じがした。

読んでいる途中に「これを読めるいまの10代は幸せだな」と思った。本書の下敷きにはフランスの現代思想があるのだけれども、ちゃんとした現代の日本語でわかりやすく、生き生きと語られている。すごい。なめらかな日本語で哲学がされている、というヴァイブスが強くて、もはや感動的。親切にも「どういう風に勉強を深めていくか」の現実生活における実践案内までついてくるから「難しい本を読めるようになりたい」、「哲学とか現代思想とかに憧れがある」という若い人には大いに参考になるであろう。

「いきなり原典的なものにぶちあたっていくんじゃなくて、入門書から読むべき」という本書の案内を読んで「すみません、フーコーとか、もうわかんねーよとか諦めちゃって」と反省したりもする。がんばろ、って素直に思って、フーコー入門読んでいくか、とやる気出してみたりしたが「そういえば、ずっとアウグスティヌスを読みたいと思ってたんだった」と思い出して、昨晩、寝る前に入門書を買っていた。「最近、20代前半までに作ってた生半可な貯金で難しい本にぶちあたる雑な傾向がでていたんだな」とかね、反省させられますよね。

川上未映子 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

わたくし率 イン 歯ー、または世界 (講談社文庫)

 

この表題作、初出が2007年、わたしが社会人になりたての頃であり、まだ「J文学」とか言ってた頃だったような気がする。当時は、ふむ、歌手上がりで、関西弁で、破天荒な感じの作品ね、それ、町田康じゃん、と思って、読む気がしなかったんだけれども、川上未映子さん、育児エッセイはすごく面白かったし、インスタも最高で、というか最高すぎて、ついに、10年ほど敬して遠ざけていた小説に手を出したのだった。律儀に芥川候補となった第1作から。

で、これ、すごい小説じゃん、って魂消ていた。メンヘラ色漂う恋愛小説、みたいに読めてしまいながらも、実にストロングスタイルの哲学の本、つまりは、私の存在とはなんぞや、ということを問いかけているみたいで。正直ですね、ナメてました、すみません、という気分に。

挙げられている哲学的な問題に対して、この本のなかで答えられているわけではないし、投げっぱなしジャーマンな荒削りスタイルではあるのだが、フレーズの強さは、まるでプラトンのようにクラシカルで。

たとえば「誰も脳なしで考えたこともあらへんくせに自分は脳とかゆうてんねん」。翻訳すれば「脳以外で考えたことがないにも関わらず、自分のコアは脳にあると誰もが思っている」。なるほど、それは確かに良い指摘、と思う。なんだかよくわからないんだけれども、これだけパワーがある処女作はすごい、ねじふせられる。ありえないことだけれども、なにも知らないころに読んでみたかった。

ガブリエル・ガルシア=マルケス 『わが悲しき娼婦たちの思い出』

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

わが悲しき娼婦たちの思い出 (Obra de Garc〓a M〓rquez (2004))

 

原著がでたとき(2004年)だったか翻訳がでたときだったか、ノーベル文学賞作家が川端康成の作品をモチーフに新作を書いた、って話が結構話題になったのを記憶している。評価はわかれる作品だが、やっぱり面白いよね、ガルシア=マルケスは、と思った。

ずっと独身でありつつも、風俗ばっかり行って一生を楽しんでいたじじいが「90歳になったし、いっちょ、処女でも買ってお祝いするか」とあまりにクソな思いつきをするところから始まる。老人の恋愛というテーマで言えば『コレラの時代の愛』と隣接するのだが、本書では主人公は90歳にして男性機能が衰えることない(しかもいわゆる「馬並み」である)にも関わらず、直接的な、肉体的な願望の成就がなされないまま、奇妙な形で恋、そして愛が成立する。主人公は長生きってだけであんまりパッとしないライターなのだが、この思いが溢れることによって、文筆家として一花咲かせることとなる。

この部分がなんともロマンティックである、というか、はっきり言ってバカバカしくて楽しい。結果的に、本書が作家の最後の長編(といってもほとんど中編みたいなサイズだが)となったわけだけれども『百年の孤独』による大ブレイク以降、ガルシア=マルケスってほとんど同じ本を書き続けて死んだのだな、ということが確認できる。ずっと同じことを書いている人、こういうタイプの作家、好きですね。村上春樹もそうだけど。

2017年9月に聴いた新譜

9月は営業の仕事をずっとやっていて一瞬で溶けてしまった……。旧譜ばっかり聴いていた感じ。

まっしろな気持ちで会いに行くだけ

まっしろな気持ちで会いに行くだけ

 

楽しみにしていたのはこのアルバム。新しい、生っぽい平賀さち枝の姿があらわれているようで素晴らしい内容だった。なんというか「江ノ島」のPVで撮られた、おぼこい、作られたイメージから抜け出していて。Negiccoに提供した「虹」(大名曲)のセルフカヴァも収録されている。


平賀さち枝 - 10月のひと

ダンサブル(初回限定盤A)(Blu-ray Disc付)

ダンサブル(初回限定盤A)(Blu-ray Disc付)

 

KIRINJIの最新アルバムにも参加していたRHYMESTERのアルバム、返礼するかのようにKIRINJIが一曲参加している。ノーナ・リーヴスとかRHYMESTER、ってラジオの書き起こしサイトでよく名前を見る人たち、って認識になってしまっており、なんか自分のなかでひとくくりになっちゃっているのだが、彼らのアルバムの安定したクオリティってすごいな、って思う。

シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番&第21番

シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番&第21番

 

ひさしぶりにクラシックの新譜も聴いたのだった。ツィメルマンによるシューベルト。なんか疲れたときにこの曲がはまってくる瞬間があった。

NegiccoのKaedeちゃんのソロ。スカートが全面参加。これは7インチを買った。B面のKIRINJIが鈴木亜美に提供した「それもきっとしあわせ」のカヴァが大名曲、ということに気づく。


Kaede(Negicco)「あの娘が暮らす街(まであとどれくらい?)」(作詞・作曲 澤部 渡 編曲 スカート)

ブランク

ブランク

 

渡邊琢磨の新譜も「いまの気分」だった。冨永昌敬の映画『ローリング』のサウンドトラックとも通ずる音。

以下、ディスクユニオン新宿ラテン・ブラジル館がつぶやいている新譜情報から聴いたもの。

Guris

Guris

  • アーティスト: Jovino Santos Neto & André Mehmari
  • 出版社/メーカー: Adventure Music
  • 発売日: 2017/07/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
  • この商品を含むブログを見る
 

ジョヴィーノ・サントス・ネト(パスコアール系の人らしい)とアンドレ・メマーリによるデュオ。クラシックとジャズとブラジル音楽を越境しまくるたいへんなアルバム。リリカル。

O Pequeno Milagre De Cada Dia

O Pequeno Milagre De Cada Dia

 

サンパウロのピアニスト、ベンジャミン・タウブキン。中東・アフリカのルーツっぽい響きとブラジル音楽がスピリチュアル・ジャズのなかに溶け込んでいるような。

Semreceita

Semreceita

 

アントニオ・ロウレイロがプロデュース、「ミナス新世代」(これももうちょっといい感じのネーミングないのか、アルゼンチン音響派みたいな)の音にはやや食傷気味だったのだが、これはなかなか新鮮に聴けた。ちょっとカンタベリー・ミュージックみたいな感じがあって。

ミシェル・フーコー 『臨床医学の誕生』

臨床医学の誕生

臨床医学の誕生

 

18世紀末に医学は現代医学とつながる感じで発展したけれども、それはその時点でなんか目覚めみたいなものがあって、それ以前のまやかしめいた医学なんかクソ、って感じでいきなり変化したわけじゃなくて、言葉と物のあいだに新しい関係ができたからだよ、その分類思考って近代的な権力の編成とアナロジーが描けるよ……的な本なのだと思うのだが、難しくてちっとも頭に入ってこなかった……。フランスのポスト構造主義へのあこがれを抱きながら、俺はこれから老いていくのかもしれない……(まぁ、それでも全然良いですね、なんも問題なかった)。