sekibang 3.0

文化的消費活動の日記

2017年に聴いた新譜のなかから20枚

2017年にはてなブログに移行してから毎月、その月に聴いた新譜について備忘録的に記録することにしていた。

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一体何枚聴いたのやら、と数える気にもならないが、ほとんどApple Musicで聴いているので音楽にかける金額は昔に比べるとだいぶ減った一年。子供が生まれてからレコード屋にいく回数も激減したし。Apple Musicで「これはヤバいな!」ってハマったものをアナログで買う、という購買行動が定着化した年でもあった。上半期は松尾潔のラジオをよく聴いたが、下半期はその習慣もなくなり、新譜情報といえば、友達のブログかインスタって感じであったなぁ……。

「これはすごく良かったなぁ」というものを20枚選んでみる。

Cuidado Madame

Cuidado Madame

 
I See You [輸入盤CD](YTCD161)

I See You [輸入盤CD](YTCD161)

 
Process[輸入盤CD](YTCD158)

Process[輸入盤CD](YTCD158)

 
The Search for Everything

The Search for Everything

Dr.KIDS LIFE

Dr.KIDS LIFE

 
French Kiwi Juice【国内盤】

French Kiwi Juice【国内盤】

 
STRENGHT OF A WOMAN

STRENGHT OF A WOMAN

 
Casa De Bituca -Music of Milton Nascimento

Casa De Bituca -Music of Milton Nascimento

 
Voyager

Voyager

 
I'm Not Your Man

I'm Not Your Man

 
Negicco 2011~2017 -BEST- 2 [CD+Blu-ray Disc]

Negicco 2011~2017 -BEST- 2 [CD+Blu-ray Disc]

 
Mellow Waves

Mellow Waves

 
なぎ

なぎ

 
Across the Multiverse

Across the Multiverse

 
Spectrum

Spectrum

 
ブランク

ブランク

 
Stranger in the Alps

Stranger in the Alps

 
GOOD VIBRATIONS

GOOD VIBRATIONS

 
Red Focus

Red Focus

 
エコーズ・オブ・ジャパン

エコーズ・オブ・ジャパン

 

一番よく聴いたのはNegiccoのベスト盤であっただろう……。こうして並べてみると、マイルドな気分になれるものばかり聴いていたんだな、と。

2017年12月に聴いた新譜

Red Focus

Red Focus

 

12月は個人的にあたりの月だったかも。なかでもTendreのファーストEPはよく聴いた。Yogee New Wavesなどのレコーディングに参加しているミュージシャンのソロ。Thundercatのカヴァを収録している点から、勘が良い人なら想像がつくであろう、テラス・マーティンとか、テイラー・マクファーリンらを彷彿とさせるメロウ、かつ、洒落乙、かつグルーヴィなポップス。

エコーズ・オブ・ジャパン

エコーズ・オブ・ジャパン

 

そして民謡クルセイダーズライ・クーダーも注目しているという日本民謡とラテン・ミュージックのフュージョン。これは最高でしたね……。民謡とラテンという組み合わせといえば、東京キューバンボーイズがほとんど同じコンセプトでアルバムを製作しているのだけれども、民謡クルセイダーズは単なる「企画モノ」、「イロモノ」に終わらない「血肉となってる」感がすごい。選曲もいいしね。春歌みたいな色っぽいことが歌われててさ。これは日本のブルーズだよ、と思ったりもした。

In TRANSIT [Deluxe Edition]

In TRANSIT [Deluxe Edition]

 

Ovallの新譜も良かったなぁ。寡聞して旧作は知らなかったんだけれども、大変心地よく。日本のこの手のインストバンド特有の「抜けきれなさ」は感じなくもないのだけれど、心地よく、TendreのEPと同列の感じで聴いていた。 

slumbers -Deluxe Edition(CD +オマケ)-
 

生まれた時代のせいもあって、この人がユース・カルチャーに与えた影響とかインパクトについてはなにも知らない。藤原ヒロシの新譜も「えー、この人、こんなミュージシャンだったのか!」と驚きつつ、日本のニューウェーヴの新しい名盤、と思った。さすが「時代をエディットする男」だな、と。パンクスのダサさもあるんだけど、超メロウで、すごいバランス感覚。

Utopia

Utopia

 

これまでビョークに関してはまったくピンときたことがなかったのだが(すごいミュージシャンだってことはなんとなく知っていた)、 今回のアルバムはちょっと良いな、と思った。トライヴァルとモダン、そこに現代音楽もはいっていて、みたいな無国籍・無時代の儀式音楽、っていうか。すごいセンスだなぁ、って思う。ポップスとして成立するかしないかのギリギリを攻めたポップスの形、というか(たぶん成立してないんだけれども)。 

エスパー

エスパー

 

こちらはメロウ番長に教えていただいた。ミツメのシングル。これも今回初めて聴いたのだけれども、大好きなReal Estateみたいなインディーっぽい手触りがあって。こういうの嫌いになれないです、って思った。

I Am a Man

I Am a Man

 

トランペッター、ロン・マイルスのアルバムは久しぶりに「ああこういうジャズもあるのかぁ〜、新鮮」という気分になった。完全に参加しているビル・フリゼール目当てで聴きはじめたんだけれども。100人が聴いたら、80人ぐらいは「ジャズだ」というサウンドなのだけれども、特徴なのは「拍が楽譜におさまらない自由な感じ」だよなぁ、と。クリシェどおりに「浮遊感」とそれを表現して良いものか、ちょっとよくわからないのだが、まとまりがあるグルーヴではない、けれども、強烈に進む感じがあるから面白い、

あとは以下の音源も聴いた。

No One Ever Really Dies

No One Ever Really Dies

 
SOAK

SOAK

 
ASYNC - REMODELS

ASYNC - REMODELS

 
SHUFFLE!! E.P.

SHUFFLE!! E.P.

 

2017年に読んだ本を振り返る

  1. レフ・トルストイ 『アンナ・カレーニナ』
  2. 寺尾隆吉 『ラテンアメリカ文学入門: ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』
  3. 佐々木拓郎 『データを集める技術 最速で作るスクレイピング&クローラー』
  4. 井上智洋 『ヘリコプターマネー』
  5. アープレーイユス 『黄金の驢馬』
  6. トーマス・シェリング 『ミクロ動機とマクロ行動』
  7. 釈徹宗 『不干斎ハビアン: 神も仏も棄てた宗教者』
  8. 平松洋子 『サンドウィッチは銀座で』
  9. ジャン=リュック・ゴダール 『ゴダール全評論・全発言II 1967-1985』
  10. ルー・テーズ 『鉄人 ルー・テーズ自伝』
  11. 鹿島茂 『パリの秘密』
  12. 『コーラン』
  13. フリードリッヒ・エンゲルス 『空想より科学へ: 社会主義の発展』
  14. 室町京之介 『新版 香具師口上集』
  15. アンドレア・ウルフ 『フンボルトの冒険: 自然という〈生命の網〉の発明』
  16. ジョン・E・ウィルズ 『1688年: バロックの世界史像』
  17. 岸政彦 『ビニール傘』
  18. 木下古栗 『グローバライズ』
  19. ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 『ウォールデン 森の生活』
  20. 村上春樹 『騎士団長殺し』
  21. 伊丹十三 『女たちよ! 男たちよ! 子供たちよ!』
  22. 伊丹十三 『小説より奇なり』
  23. 『季刊25時』 vol.7 「特集: ぼくたちの大好きな伊丹十三。」
  24. エミリー・オスター 『お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント』
  25. マイケル・ジャクソン 『スコッチウィスキー、その偉大なる風景』
  26. 荒俣宏 『図鑑の博物誌』
  27. 山田俊弘 『ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論』
  28. 九鬼周造 『九鬼周造随筆集』
  29. 柳宗悦 『柳宗悦 茶道論集』
  30. パオロ・ロッシ 『魔術から科学へ』
  31. 湯木貞一 『吉兆味ばなし 3』
  32. 川上未映子 村上春樹 『みみずくは黄昏に飛びたつ』
  33. ディオゲネス・ラエルティオス 『ギリシア哲学者列伝』
  34. 古川日出男(訳) 『平家物語』
  35. ロベルト・ボラーニョ 『はるかな星』
  36. 柳澤健 『完本 1976年のアントニオ猪木』
  37. 根占献一 『イタリアルネサンスとアジア日本: ヒューマニズム・アリストテレス主義・プラトン主義』
  38. 五十嵐太郎(編) 『卒業設計で考えたこと。そしていま』
  39. 荒俣宏 『アラマタ珍奇館: ヴンダーカマーの快楽』
  40. 呉座勇一 『応仁の乱: 戦国時代を生んだ大乱』
  41. 大室幹雄 『劇場都市: 古代中国の世界像』
  42. ウラジーミル・ソローキン 『ブロの道』
  43. 今福龍太 『クレオール主義』
  44. ロベルト・ボラーニョ 『通話』
  45. 若桑みどり 『フィレンツェ: 世界の都市の物語』
  46. 谷川健一 『谷川健一著作集 第7巻 女性史篇: 女の風土記 無告の民』
  47. 「江戸博物文庫」シリーズ
  48. 國分功一郎 『中動態の世界: 意思と責任の考古学』
  49. ウラジーミル・ソローキン 『23000』
  50. ブレイディみかこ 『いまモリッシーを聴くということ』
  51. 東浩紀 『ゲンロン0: 観光客の哲学』
  52. ミシェル・フーコー 『臨床医学の誕生』
  53. ガブリエル・ガルシア=マルケス 『わが悲しき娼婦たちの思い出』
  54. 川上未映子 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』
  55. 千葉雅也 『勉強の哲学: 来たるべきバカのために』
  56. 向井秀徳 『三栖一明』
  57. 『ユリイカ 2017年10月臨時増刊号 総特集◎蓮實重彦』
  58. レイモンド・チャンドラー 『ロング・グッドバイ』
  59. 川上未映子 『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』
  60. Henry Chadwick 『Augustine』
  61. 檀一雄 『檀流クッキング』
  62. 出村和彦 『アウグスティヌス: 「心」の哲学者』
  63. 高橋ユキ 『暴走老人・犯罪劇場』
  64. オマル・ハイヤーム 『ルバイヤート』
  65. トマス・ピンチョン 『重力の虹』
  66. 國分功一郎 『暇と退屈の倫理学 増補新版』
  67. 伊丹十三 『ぼくの伯父さん』
  68. 『伊丹十三の本』

2017年は年始にはてなブログにブログを移したのだった。7月に子供が生まれたこともあってさすがに読む量が減ったけれども、それでも再読含まず、68タイトルは読んでいたらしい。今年でたものに限りいくつか印象深い本をピックアップしておくと……

フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明

フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明

 
ゲンロン0 観光客の哲学

ゲンロン0 観光客の哲学

 
勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 
いまモリッシーを聴くということ (ele-king books)

いまモリッシーを聴くということ (ele-king books)

 

みたいな感じだろうか。少し読むペースを落としても良いから、2018年は少しじっくりと「勉強モード」を継続していきたい気がする。それでは、みなさんよいお年を。

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『伊丹十三の本』

伊丹十三の本

伊丹十三の本

 

『ぼくの伯父さん』にあわせて購入していた『伊丹十三の本』も読み終える。この本に収録されている未発表エッセイは、すべて『ぼくの伯父さん』に収録されているので、本としての価値が1/2ぐらいになってしまったかもしれないが、テレビの仕事をかなり詳しく紹介していたり、生前親交があった人のインタヴュー記事などは、わたしのような「遅れてきてようやく伊丹十三にめぐりあった人」には興味深く読めた。著作や映画以外の仕事について知るにはとても有益な本。


伊丹十三の松山の一六タルトの地方CM


伊丹十三 一六タルト 家庭訪問

あと宮本信子に宛てて書いたすごいラヴレターが読めもする。没後8年の年に出版されたもので、まだまだ亡くなってからの衝撃や残響や痛みが感じられる本でもある。

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伊丹十三 『ぼくの伯父さん』


ぼくの伯父さん 単行本未収録エッセイ集

ぼくの伯父さん 単行本未収録エッセイ集

 

ここ数年、伊丹十三の著作に心酔しきっているわたしであるが、ここにきて彼の「新刊」に出会えるとは思わなかった。2017年は伊丹十三の没後20年。単行本に未収録のエッセイをあつめた本が出版された、というので、飛びつくようにして買い求め、そして、味わうように読んだ。書かれてから相当な時間が経っていても、古びることなく、新鮮で、教わることが多い一冊である。

収録されている70年代のエッセイには教育に関する内容が多く、わたしも人の親になったものだから、考えさせられるものが多かった。とくにスウェーデンの教育方針をとりあげた文章。筆者はかの国の「エリートを作ってはいけない」という教育方針に驚いている。

これを、あなた、たとえば日本の文部省が決めるって想像つく? この差はすごいぜ。社会はみんなで作るんだト。エリートを認めるってことは社会ってものが一部の権力によって動かされるもんだってことを是認することになるんだト。だからエリートは否定されねばならないっていうんだよ。

ポル・ポトを思い出しつつも)グラリとくる文章だと思いませんか。これを『週刊ダイヤモンド』や『AERA』みたいなビジネスゴシップ誌の教育特集を熱心に読んでいる親御さんにも読んでもらいたいものだ、と思う。

また、こんな文章もある。

日本の子供はつくづく可哀そうだと思う。社会に適応すればするほど子供たちは緊張し、萎縮せざるをえないシステムになっている。

これが1975年の文章だ。再び、グラリときてしまう。まさに日本の教育システム・社会ってそうだよな、と。以前、息子には最低限の規律を身につけて、社会に馴染んで欲しい、そのためには体育を身につけてほしいというようなことを書いたけれど「社会に馴染むこと」と「わたしを殺すこと」とがほとんどニアリーイコールで結ばれてしまう社会、とも言えるわけで(極端な表現だけど)。

「社会さま」「世の中さま」が正しく、個人で「それはおかしい」と声をあげても、なにも変わらないから、ある程度従順に生きるしか術はなく、わたし自身そうやって自分と社会に嘘つきながら(折り合いをつけながら)生活している、けれども、改めて1975年の文章によって「はたして、それは正しい姿なんだろうか、そんな社会に「社会とはそういうものだから耐えよ」と投げ込んでいいんだろうか」という気づきと悩みを与えられてしまったような。

60年代のエッセイでは外で食べる、貧乏くさくて、おいしくない、カレー(つまりはニセモノくさい外食。崎陽軒の焼売など、ホンモノの顔をしたニセモノの最高峰と言えよう)などを家でも食べたくなる衝動について綴っており、伊丹十三でもそんな気持ちになるのかと驚きつつ、共感し、また面白く読むのだった。とにかくマストバイの本。

國分功一郎 『暇と退屈の倫理学 増補新版』


暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)
 

2017年は「日本のいまの現代思想、結構面白いじゃないの」という個人的な発見があった年だった。東浩紀、千葉雅也、そして國分功一郎の著作はさかのぼって読んでみようかな、という気分になっている。『暇と退屈の倫理学』は『中動態の世界』の感想を読んでくれた高校の後輩が「これも面白いですよ」と教えてくれたのだった。

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タイトルにあるとおり「暇と退屈を哲学の言葉によって思考する本」には違いないのだが『中動態の世界』を読んでから、この本にたどり着くと「國分功一郎の問題関心ってココにあるのね」という気づきがある。議論の抽象度は違えど(『中動態の世界』のほうが抽象度はずっと高い。「哲学的」だ)、人間はどのように選択をおこなうのか、どのように意思をもつのか、どのように自由であるのかがコアな問題としてふたつの本の根底にはある。

本書の結論部で著者は「結論だけ読んでも意味がない」と書いている。「これは著者の思考プロセスをなぞるように読んでいく楽しさがあるな」と思っていた矢先に、こういう記述に出会えたのは、こちら側の気持ちを見透かされているかのよう。著者いわく、読者は通読して初めて結論部の意味を得ることができる。付け加えるならば、読んでお手軽になにかの知識を得られる本ではない、とも言えるだろう。

こうして読みながら考える面白さ(それは著者に思考を肩代わりしてもらっている、とも言えるのだが)に回帰しはじめております。

トマス・ピンチョン 『重力の虹』

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[上] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[上] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[下] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[下] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョンによる「20世紀最大の問題作」を読みおえる。上下巻で1400ページぐらい。重かった……! 旧訳でも読んでいたが、内容はほとんど覚えておらず、よく知られているあらすじである「第二次世界大戦中、主人公のタイロン・スロースロップがセックスをした場所にナチス・ドイツによるロケット兵器が落ちてくる」、「あとなんか変態的な精神科医がでてくる」ぐらいしか覚えておらず、しかも、そのあらすじが全くこの小説の本質を捉えていないことすら覚えていなかった。

https://www.instagram.com/p/Bbn3QikBbLx/

#book 『重力の虹』の新訳がでたことで、旧訳の下巻の古書価格が半額近くまで落ちていたので、新訳の下巻と一緒に買ってしまった。11年の時を経て、ようやく上下が揃って気持ち良い!

旧訳の下巻は大学の図書館で借りて読んだ。学生時代で暇だったとはいえ、こんなものよく読んだな……と思うし、いったい「なにを」読んでいたのかは謎だ。

ただ、新訳で格段に読みやすくなっているかといえばそうではない。旧訳がひどすぎたから、理解できなかった、という問題ではなかったことが理解できる。というか、こんなにツラい小説を読むのはひさしぶり。とくに第1部から、錯綜するストーリーに、多すぎるキャラクター、サイケデリックなイマージュのアクセルが全開なので「えー、これ、俺、ついていけてる? 大丈夫?」と不安になりまくる。

第2部、第3部には部分的にかなり面白いエピソードが含まれているので「お、読めてる感じがするゾ」とか「『重力の虹』面白いじゃん!」とか思うのだが、第4部で物語がどんどん拡散していき、なんか有耶無耶な感じで終了する。第1部でものすごくはちゃめちゃに蓄積されたエネルギーが、第2・3部で収斂されていき、第4部で再びはちゃめちゃになるような流れ。

脚注によるガイドがポイントポイントで付いてくるから、多少はこの破天荒さに振り落とされないような親切さがあるものの、読み終えたときにちょっと徒労感を覚えなくもない。正直、人にはまったくオススメしない。「なんだこれは……こんな小説だったのか……」と終盤愕然としたのだが、普通の小説とは違う読書体験ができる本なのだ、と思うと多少納得できる。「パラノイア」という作中の重要なテーマが、そのまま小説の構造に生きている。これと比べると「普通の」小説は「正常な精神」で書かれている、というか「自己同一化」がなされている。

この小説を受容できる人が日本に何人いるのだろうか、と考えてしまうけれど、小説に詰め込まれたとんでもない知識量にはだれしもが驚くであろう。映画、音楽、工学、神学、神話、歴史。インターネットもパーソナル・コンピューターもない時代にどうやってピンチョンはこんなものを書いたのだろうか……天才すぎるだろ、と思うし、インターネットが未発達の時代に翻訳を作った旧訳のチームも立派だ、と思った。

とくに本書における化学の記述は、戦争をきっかけに発展した化学薬品や化学製品が戦後の生活に活かされていることを気づかせる。戦争とポップ・カルチャーの世紀、と20世紀を捉えようとして、それをひとつの本で表現しようとするとこういう小説にならざるをえないのかもしれない。