sekibang 3.0

Nouvelle茶人、あるいは勉強家によるブログ

2018年1月に聴いた新譜

2017年に引き続き今年も聴いた新譜を記録していきます。今月は新譜よりも敬愛する我が音楽的メンターの方々の2017年総括から知らないものをチェックすることが多かった。

kokorosha.hatenablog.com

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スケッチズフロムアンアイランド(SKETCHES FROM AN ISLAND)(直輸入盤帯ライナー付国内仕様)

スケッチズフロムアンアイランド(SKETCHES FROM AN ISLAND)(直輸入盤帯ライナー付国内仕様)

  • アーティスト: マークバロット,MARK BAROTT
  • 出版社/メーカー: MUSIC 4 YOUR LEGS IMPORT / INTERNATIONAL FEEL
  • 発売日: 2014/06/11
  • メディア: CD
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なかでも衝撃だったのは、ココロ社さんが紹介していたマーク・バロット。アンビエントニューエイジモンド・ミュージックをまぜてとてもちょうど良くした感じ、とでもいうのだろうか。ダンスとチルアウトとの合間にあるちょうど良い感じが「そうそう、こういう音楽が俺はずーっと欲しかったんだよ」と思ってハマっていた。Apple Musicで聴ける音源を全部プレイリストにぶち込んで、ランダムでひたすらリピート再生していた。 

Moritz Von Oswald & Ordo Sakhn

Moritz Von Oswald & Ordo Sakhn

 

ここから新譜扱いの話。tdさんに教えていただいたモーリッツ・フォン・オズワルドのアルバム。これもすごかったな。キルギスの伝統音楽とのコラボレーションらしいのだが(なんで?)「普通のワールド・ミュージック」とみせかけて、突如MvOの存在感が強烈に表出する音響処理が施されたりして、衝撃を受けた。

Corner Song / the Flying Man

Corner Song / the Flying Man

 

テンペルホーフ & ジジ・マシンのシングルも上記2枚の延長線で聴いてた。どうもこういう無国籍サウンドに惹かれる傾向にある。

ACID TEKNO DISKO BEATz

ACID TEKNO DISKO BEATz

 

石野卓球のソロ。前作『Lunatique』は変態度が高い硬派なアルバムだったけれど、本作は1曲目からメロウな、スウィートな感じだと思った。

順当すぎるグラミー賞他部門受賞のブルーノ・マーズのシングル。これは本気で90年代を殺しにきている感じがして息が止まりそうだった。最高です。おめでとう。これにはだれも文句が言えないでしょう。


Bruno Mars - Finesse (Remix) [Feat. Cardi B] [Official Video]

Jason Halliday

Jason Halliday

 

90年代、といえばシャロン・ベンソンを手がけたプロデューサー、ジェイソン・ハリデーのアルバムもすごかった。「90年代のリブートもここまで来たか!」と衝撃を受けたが、これはお蔵入りアルバムの蔵出しだとわかって納得。そうだよね……さすがにいま、こんな90年代の久保田利伸みたいなジャケットはないよね、と。ぜひ、id:ayakomiyamotoさんにも聴いていただきたい。

Todo Homem (Ao Vivo) [feat. Tom Veloso]

Todo Homem (Ao Vivo) [feat. Tom Veloso]

 

一方、2017年にカエターノ・ヴェローゾが3人の息子(モレーノ、ゼカ、トム)とライヴ活動をしているニュースだけが伝わっており、これはその片鱗を伝えるシングル。ゼカ・ヴェローゾがメイン・ヴォーカルをとっているのだが、モレーノ・ヴェローゾの作品よりもカエターノの血を感じさせて良かった。早く全貌が知りたい。


Zeca Veloso, Caetano Veloso, Moreno Veloso - Todo Homem ft. Tom Veloso

Chapter 7 + Juan Pablo: The Philosopher [日本限定独自企画盤]

Chapter 7 + Juan Pablo: The Philosopher [日本限定独自企画盤]

 

ロンドンの今ジャズ・グループによるアルバム。アメリカ西海岸のクラブっぽいジャズ、R&Bのシャレオツ感と共鳴するのだが「クラブ・ジャズ(笑)」的なダサさもあって、なんでイギリスでジャズやるとこういう風になるんだ? と不思議に思う一枚。オシャレなんだけど、突然サン・ラの「Space is the Place」が始まったりして。 

Let Me Down

Let Me Down

 
Things Could Be Better

Things Could Be Better

 

UKのR&Bでは上記の2枚が良い曲だったな。スティーヴン・バミデルはR&Bと言って良いのか、ちょっとわからないが(Coldplayが歌っててもおかしくない曲だし)。

「春の祭典」~ライヴ・イン・ルツェルン2017

「春の祭典」~ライヴ・イン・ルツェルン2017

 

ここからはクラシック。リッカルド・シャイールツェルン音楽祭管弦楽団によるストラヴィンスキー曲集はメインの《春の祭典》が新しい名演で素晴らしかった。録音の良さもあると思うのだが(ライヴなのに!)異常に細部がよく分かる演奏になっていて、もう15年ぐらい聴き馴染みのある曲なのに「あー、ここ、こういう風になっていたんだ」と新しい発見をくれる。 

Claude Debussy

Claude Debussy

 

バレンボイムドビュッシーのアルバムを出すのは実は初めてらしい。もう指揮者活動しかしないのかと思ってたし、全然期待もしていなかったのだが、良い意味で裏切ってくれる内容。リリカル、なのだが、だらしない感じがまったくなくて。 

Bach, J.S.: Sonatas for Violin

Bach, J.S.: Sonatas for Violin

 

イザベル・ファウストクリスティアン・ベズイデンホウトによるバッハのソナタ集も繰り返し聴いていた。古楽スタイルと現代スタイルの折衷でやっている人の代表選手……つまり、どっちつかずの人、と思っていたのだが、悪くないじゃん、と見直すきっかけに。過去の録音を聴いてみて、ちょっとファンになりつつある。

Bach: Goldberg Variations, BWV 988

Bach: Goldberg Variations, BWV 988

 

苦笑してしまったのは、韓国出身のピアニスト、ジ・ヨンによる《ゴルトベルク変奏曲》。グレン・グールドの呪縛めいたものだけを強烈に感じさせる。なんかハチャメチャな自分なりの装飾とか解釈を入れてしまったりして露骨すぎるだろ、と思った。20年前ならまだ「異端的解釈」とか言われたかもしれないが、ちょっと今これはない感じがする。

カントリーロード/ヴィレッジ・ファーマシー

カントリーロード/ヴィレッジ・ファーマシー

 

最後に平賀さち枝とHomecomingsの新譜を。平賀さち枝先生はずっとHomecomingsに歌詞を書いてあげてほしい……。

村上春樹を英語で読み直す 『ノルウェイの森(Norwegian Wood)』

 

Norwegian Wood (Vintage International)

Norwegian Wood (Vintage International)

 

正月休みのあいだにふと『ノルウェイの森』を読み返したくなって、戯れにまた英語で読み直してみた。村上春樹を英語で読み直すのは、これが3作品目。英語力が向上しているのかなんなのかこれまでで一番スラスラ読めた。が、それは原著を2回ぐらい通して読んでいるからだと思う。かなり細部まで記憶してて驚いた。

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もうひとつ驚いたのが、自分がこの小説の映画化について結構長く感想を書いていたことで。ひと通り自分の文章を読んで見たんだけれども、絶望的なほどに映画のことを思い出せなかったし、なにを伝えようとしていたのか、俺は、と思った。映画については、水原希子の緑しか記憶にない。今回の再読では、緑が水原希子で完全に再生されるほどにハマっていた。

作者が「リアリズムで書いてみた小説」と言っていたのが、今回の再読で、たしかにそうだよな、と腹に落ちた。主人公のワタナベくんは、多少不思議な体験はするものの(夜中に夢遊病状態の直子が裸を見せにきたり)、謎のモンスターに追われたり、深い井戸の底に降りたりしない。ファンタジー要素がない。

訳者のジェイ・ルービンも「日本の伝統的な私小説のように書かれている」と解説しているのだが、ワタナベくんが突撃隊にもらった蛍を話すシーンの、リリカルな感じとかめちゃくちゃ「日本の純文学」っぽいよな、と思った。代表作のひとつ、でありながら、極めて異質な生活をもち、かつ、骨格はほかの村上春樹作品と同じ、という変な作品だ。

初めて読んだのは、18歳か19歳ぐらいだったと思う。直子の自殺が読者に告げられる部分を、夜中、上板橋の日当たりが悪いアパートで読んでいて「ゲッ! 直子死ぬの!?」と驚愕した体験は、2度目の読書、今回の3度目の読書でもフラッシュバックしたのだが、ナウ、俺、もうすぐ33歳という時期で「これまでと読み方が変わった部分があるか?」と問われれば、断然、レイコさんの立ち位置で。

キレイなんだけれど顔にシワが多い、アラフォーの、痩せた女性、レイコさん。彼女とワタナベくん(20歳)が最後、体を重ねるじゃないですか。これまでそのシーンがどうしてもグロテスク、っていうか、気持ち悪ぃな、オバサンを抱くのって、しんどくないの?、って思えて仕方なかったんだけど、いま、この歳になって読み直すと、いや、全然レイコさん、アリだな、っていう感じになっている。

https://www.instagram.com/p/BduxwA_BAra/

#nowreading 村上春樹 『ノルウェイの森』 新年の戯れに英訳で読みなおしはじめる。知っている物語が別な言語で理解される面白さというのがある。「突撃隊」は Storm Trooper です。

次は『海辺のカフカ』とか『ねじまき鳥クロニクル』とか読み直してみようかな。

松浦弥太郎 『センス入門』

 

センス入門

センス入門

 

松浦弥太郎クックパッドに入社したり、退社したり、『暮らしの手帖』の編集長だった、というプロフィールは、わたしの趣味・趣向とはほとんど重なってない。が、チェックしているインターネットの人の文章によくこの名前がでてきていて気になっていた。

で、インターネットで公開されている彼の文章に触れたときは正直「これはちょっとマイルドすぎるな、漂白されすぎちゃってないか?」と思って半ば「ケッ」っという感じだったのだ。だが、こないだ、一緒に仕事をしたことのある会社からきたメルマガでこの本が紹介されていたので「これは読まなきゃな」と思って注文した。

我がプリンシプルとして「3人以上から勧められたらとりあえず試してみる」というのがある。

で、「ケッ」っていう感じも少なからずあるんだけれど、これはとても良い本だと思っていて。金言満載だな、と。基本は当たり前のことを言ってんだけども。

センスをよくするにはどうするか、って「参考になるメンターになる人を探して真似して、学んでいくのが良いよね」(当たり前)。でもさ、だんだん年をとってくるとメンターも見つからなくなってくるじゃん。わたしもそうなんだけれど、常にメンターが欲しいと思っている、けれども、メンターが「かつてメンターだった人」になっちゃったり、追い越しちゃったり、ってことがあるわけだ。

そういうときにどうするんだ、って話がこの本には載っている。だから、これは「これからセンスを磨いていく若者」向けの本ではなくて、ある程度、なにかを培った人が自分を見直すための本であると思った。基本に立ち返って、人の話を聞いてみる、とかさ、当たり前のことが書いてあるけど、改めて「ああ、そうやって社会のなかで開かれていくと、学ぶことも増えていくよね」とか思う。

本やインターネットで調べるということは、最初から失敗をしない方法を選んでいることです。それは失敗から生まれる可能性も放棄していることになります。

もっと残念なのが、口コミやランキングで情報を得ようとすることです。こんなにたくさんの人が「いい」と言っているわけですから、大きく失敗することはありえないでしょう。でもそれが落とし穴です。「いい」という口コミで「当たり」を続けていると、自分で心から感動することができなくなってしまいます。それは発見ではなくて、確認という作業になってしまうのです。

上記引用は、わたしが選ぶ本書のベスト金言。

子供が生まれたこともあって、いろいろ自分のライフスタイルを見直しているんだけど、コレクションじゃなくてセレクション、とか「それ、今の俺に一番必要な言葉です!」とか痺れたりした。卑しいマインドでコレクションしてきたモノをセレクションに変えて、家のなかに息子のためのスペースを作っていく必要が俺にはあるんだ。

https://www.instagram.com/p/Befi5DnhHhQ/

#nowreading 松浦弥太郎 『センス入門』違う人、3人ぐらいが言及していると途端に気になってくる。松浦弥太郎もそんなきっかけで。決め手は一昨年一緒に仕事した会社から来たメルマガに松浦弥太郎の名前が載っていたこと。「あなたの心のなかには、あなた自身が経験したり発見したりして得たものがありますか?」

山本芳久 『トマス・アクィナス: 理性と神秘』

 

トマス・アクィナス――理性と神秘 (岩波新書)

トマス・アクィナス――理性と神秘 (岩波新書)

 

大変勉強になりまくる本であった。13世紀を代表する西洋知識人であろうトマス・アクィナスに関する新書。彼が主題となる新書は本邦初であるらしい。とにかく「トマスのテクストは魅力的なんですよ」、「トマスはすごく面白いんですよ」と伝えたい著者の気持ちが文章から伝わってきて、その勢いにつられて、グイグイと感動的に読めてしまう。常軌を逸した多作家であるトマスを愉しんで読む方法を逐一提示してくれている。

執筆スタンスも良い。トマスが扱うテーマは現代人にとって馴染みがないものがほとんどであるし、聞いたことがない概念も頻出する。そもそも、トマスの著述スタイルそのものが研究者以外にはよくわからないものであろう。それを変に易しくしようとして空回ってしまったり、無視して話を進めたり、ということなく、丁寧に説明してくれるのが本書のストロング・スタイルだ。

たとえば、

不要だと思われるものを捨てようとして、最も大事なものまで、ともに失われてしまう可能性があるのだ。そうして得られる「分かりやすさ」は、真の分かりやすさではない。

さらには、

七百年以上前の人物であるトマスの残したテクストに「現代的意義」があるとすれば、それは、現代にも通用しやすい角度から、すなわち現代的な観点から都合のいい箇所を恣意的に選別してトマスの残した言葉を読むことによって見出されるのではなく、トマスにとって何が問題であったのかと言う観点から、残されたテクストの全体を丁寧に読み解くことによって初めて見出せるからだ。

これですよ。この強い態度が『アウグスティヌス』との違いを生んでいるのか。

引用の後者においては、古典的な哲学のテクストを現代的に読むときにとられがちなある種の態度に対する批判が含まれているように思う。筆者がとるのは、トマスを使ってなにか言う、ではなくて、トマスがないを言っていたかからなにかを言う、というアティテュードであろう。

中世哲学といえば「針の上で天使が何人踊れるか」的な、世俗から離れたタコツボ的問答をやっているイメージがあるかもしれない。が、本書は先に触れたアティテュードによって、トマスの思想をモダンな問題意識のなかで生き生きと書き換えることに成功している。同時に世間一般に考えられているキリスト教に関する誤解を含んだイメージを払拭しつつ、その真髄を垣間見せてくれる。

読みながら思い出していたのは、アダム・タカハシさんによるアウグスティヌスの読解であった。タカハシさんの論考と並列で読むことで、本書におけるトマスとアウグスティヌスのラインが明確になる。

sekibang.hatenadiary.com

両者に共通するのは、神なのか人間なのか、神秘なのか理性なのか、恩寵なのか自由意志なのか、という択一的な世界の描き方ではなく、両者のバランスやコミュニケーション、両立によって世界のありようが説明されている点なのではないか、と思う。

絶対的な神の存在が基盤のように前提化されてはいるのだが、それによって人間の存在がすべて神に溶け込んでしまうことはない。つまり、人間が無意味なもの、ちっぽけなものとしては描かれていない。トマスにおいては、神と人間とが交流可能である、というヴィジョンによってむしろ人間の存在感が強まっているように思う。この絶妙な神との距離感の描き出し方がすごく興味深かった。

https://www.instagram.com/p/Bdz3QlgB4dS/

#nowreading 山本芳久 『トマス・アクィナス: 理性と神秘』新年早々勉強になりまくる本を読んでいる。同じ岩波から出ている『アウグスティヌス』の何倍も良い本。新書のレヴェルではないですね。トマスはショーン・コネリーみたいだな、と思う帯。

細野晴臣 『アンビエント・ドライヴァー』

 

細野晴臣によるエッセイ集。90年代なかば、そして2000年代前半に雑誌で連載していた文章を収録している。これもいまが読みどきの本かもしれないな。このミュージシャンが醸し出している、浮世離れしている、というか、すごいマイペースで生きてそうな空気感・パブリック・イメージには、そういえば、ずっと憧れている。この本に収録された文章も、ああ、イメージどおりだな、と思った。「光る円盤を見た」みたいなことが平熱で書かれていることに度肝を抜かれるし、ときに「頑張っていておかしくなっている社会」に対して警鐘を鳴らしているのだが、俗世にいながら、違う時間を生きている。それで憧れがさらに募った。良い時間をすごせる本。

https://www.instagram.com/p/BeK4hWiB8g0/

#nowreading 細野晴臣 『アンビエント・ドライヴァー』疲れていると、勉強のための本や、物語でなく、ただ、文章を読みたい、という気持ちになる。そういう気分のときにちょうど良い。

蓮實重彦 『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』

 

スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護

スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護

 

蓮實先生が扱う映画や文学についてまるで疎い(にも関わらず、気になって読んでしまう)わたしにとって、これまでに読んだなかでももっとも親しみやすい著作であった。日本屈指の知性による特異なスポーツ批評。

基本的に言っていることは映画批評と同じである。日本のスポーツ・ジャーナリズムは、物語とか気持ちとかについて言及するだけで、ちっとも本質的なものであるはずの「運動」を語ろうとしない。球場の、フィールド上の運動をちゃんと見ろ、ということである。

2002年(日韓ワールドカップが開催されていたころだ)ごろのサッカーに関する文章や対談が中心となっており、言及されている選手には懐かしさしかないが(オリヴァー・カーン、マスクマン宮本、中田英寿ロナウドの髪型!)、それが逆にこの本の「読みどき」感を醸し出している。本も寝かせておくと中身が熟成するんだな、と思った。

https://www.instagram.com/p/BdrOIkshICw/

#nowreading 蓮實重彦 『スポーツ批評宣言 あるいは運動の擁護』映画をしらないわたしにとって「もっとも分かった蓮實先生の本」。2002年あたりのサッカー・野球についての話が中心の話なのだが、懐かしくもあり、今がちょうど読みどきになっている。熟成してます。

 

子供が生まれて、生活を変えていくこと

https://www.instagram.com/p/BdT_T9ih-Wv/

息子が生まれてから初めてのお正月であり、それは息子が生まれてから一番長い休暇でもあった。12月29日に風邪で会社を休んでしまってから、今日(1月4日)まで7日間。この間、自分も妻も風邪をひいていて、今日になって息子にもうつってしまったみたい。時折小さくコンコンと咳をするのが心配だ。

妻の実家にいったり、車のディーラーに足を踏み入れてみたり、ほとんどずっと妻と息子と過ごしていた。友達と会って飲みに行くこともなく、ひとりでレコード屋へと買い物に出かけることもなく、極端な夜更かしもしなかったし、ひどい二日酔いにもならなかった。

息子はだいたい毎日7時に起きて泣きはじめる。寝不足や二日酔いで息子の世話をするのは、とてもつらいだろう、と考えるとこれまでの悪習から自然と足が遠のいた。

こないだ、義母から「子供ができると生活が変わるでしょう」と訊ねられて「そうですね、二日酔いしなくなりましたね」と答えた。あくまで俺の中では「子供によって生活を変えられてしまう」という受動的な変化、ではなく、子供中心に生活を考えるから、自分も変えていくんだよ、という能動的な変化、と考えている(いや、これが中動態なのか?)。

とはいえ、夜更かしや二日酔いをしなかったから、といってストイックに過ごしていたわけでなく、基本的にダラダラとしていたし、よく食べたから太った。

7日間ずっと一緒に過ごしたことを息子がある程度覚えてくれて「こいつは、おっぱいはくれないけれども、そこそこ役に立つ存在なのだな」という印象を強く持ってくれていれば良いのだが、明日から仕事に復帰すれば、すぐに自分の存在が息子のなかで小さくなってしまうだろう。ちょっと寂しい。