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文化的消費活動の日記

アープレーイユス 『黄金の驢馬』

 

黄金の驢馬 (岩波文庫)

黄金の驢馬 (岩波文庫)

 

 紀元2世紀に書かれたとされ、現存するローマ時代の小説(散文で書かれた物語)としては唯一のものとなる作品。2世紀だからラテン語文学の「白銀期」のものですかね。ずいぶん前にフランセス・イェイツの本を読んだときに、ジョルダーノ・ブルーノが影響されたんだったか、ルネサンス期の魔術に影響を与えたんだったか、という記述があって気になって買ってあったのだった。魔術にはまっていた青年がうっかりロバに変身してしまい、あちこち売られたり、殺されかけたり、獣姦ショーの見世物にされそうになったり辛酸を舐めまくる、というお話。

ロバに変身して主人公が辛酸を舐める話、といえば、ノーベル文学賞作家、莫言による『転生夢現』が想起される(文革で地主の男が処刑され、ロバやブタに生まれ変わる奇想小説)。莫言の元ネタのひとつなのかもしれないが『黄金の驢馬』自体も、さまざまなネタ元があるという。ロバに変身してしまうというモチーフはそんなに珍しいものではない。

面白いのは、本書の冒頭、語り手が「これからギリシア風の物語を語って聞かせますよ」と読者に宣言するくだり(語り手もまた、元ネタの存在を示しているのである)。ここでギリシア語からラテン語へとの翻訳がいかに難しいかが語られる。大西英文の名著『はじめてのラテン語』によれば、文字を持たなかったローマ人たちはギリシア人たちの文字に影響をうけて自分たちの文字を獲得した。『黄金の驢馬』にもそういう文化の継承みたいなものが感じられて感激する。

……などというと大仰な物語のような紹介になってしまうが、基本的には滑稽な話だし、暴力描写もエロ要素も満載。とくに女体の美しさや女体を楽しまんとする描写がとても生々しくて良かった。これは訳も素晴らしくて。男女の接吻の様子なんか「開いた口からかおる息吹は肉桂(キンナモン)のかぐわしさ、寄せあう舌のさわりも欲情に仙酒(ネクタル)のあまさをしずらせるのに」、これですよ。このリズムといい、言葉の響きといい、最高です。本書の前半部分は呉茂一の訳。この最高部分も呉大先生による。松平千秋大先生と呉大先生によるこうした翻訳仕事は、20世紀の翻訳文化の宝だなぁ、と思う。

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