sekibang 3.0

文化的消費活動の日記

アンドレア・ウルフ 『フンボルトの冒険: 自然という〈生命の網〉の発明』

 

フンボルトの冒険―自然という<生命の網>の発明

フンボルトの冒険―自然という<生命の網>の発明

 

 イギリスの歴史家が書いたフンボルトの伝記。昨年 New York Times で「今年最高の一冊」に挙げられていて「ほー、フンボルトですか、面白そうだな、読んでみようかな」と思っていた一冊。すぐに邦訳がでた(ありがたい)。フンボルトペンギンに、フンボルト海流、一般的に彼の名前を聞くのは、そうした単語に触れたときぐらいだろうか。かく言うわたしも全然知らなくて、ドイツの自然学者(だっけ?)みたいな感じで。それがページをめくり始めたら「なにこの人、めちゃくちゃスゴいじゃん!」と。

子供の頃から、とにかくネイチャーに触れるのが大好きだったフンボルト。その自然への情熱が高まりまくって南米に渡り、ジャングルの奥地を探検し、いくつもの高山を踏破し、当時の人間がだれも行ったことがなかった場所に辿って動植物を採取・観察。その後、ヨーロッパに戻ったら、ヴェスヴィオ山を調査したり、ロシアの広大な土地を探検したり。89歳で亡くなるまで、本を書き、それが欧米でベストセラーになりまくる。19世紀最大の探検家であり、活動する学者。ゲーテやシラーとも深い親交を結び、ダーウィンやソローにも大きな影響を与えた……簡単にプロフィールを記述するだけで、こんなスゴい感じ。

動植物の観察からフンボルトは、地球上のあらゆる生命が目に見えない糸(生命の網)でつながりまくっている! という着想を得る。ガイア理論の先駆け的な彼の発想は、人間の活動による自然破壊を指摘する最初期の環境保護思想へともつながる。本書がフンボルトを評価するいくつかの大きな軸が、この発想によっている。しかし、わたしが感動したのは、彼の発想、そして彼の書物が後の人々にどんな影響を与えたのか、だった。

フンボルトの業績を引き継ぐようにして最も大きく羽ばたいたのはダーウィンだったかもしれない。ネイチャー大好きっぷりの面ではソローがいる。本書ではそのほかに3人の「後継者たち」にページが割かれている。ジョージ・パーキンス・マーシュ、エルンスト・ヘッケル、ジョン・ミューア。いずれも聞きなれない名前だが、みんな、フンボルトの著作に熱狂した人物たちだ。彼らは、フンボルトが描いた大自然の情景に魅了されていた。

折しも、フンボルトの生きた時代って産業革命とまるかぶり。当時の西洋人は「自然は利用してナンボ」と考えていて、恐るべき自然、驚嘆すべき自然は薄れつつあったのかもしれない。たとえるならば、フンボルトの著作って National Geographic 的な「自然ってすげぇ!」という感覚を伝えるものだったのだと思う(このあたりが原書タイトルの The Invention of Nature とつながっている)。聞きなれない3人のフンボルトの後継者たちは、それに感化されて、都市から自然へと飛び出していく。ここが良かった。自分も飛び出したくなったよ、マジで。

あと、フンボルトの知的なバックボーンに、アリストテレスにはじまる伝統的な自然学や、デカルトのような新科学があったのも興味深かった(18世紀末に教育を受けた人だから当然といえば当然なのだが)。インテレクチュアル・ヒストリーの本ではないので本書ではそこまで深く触れられていないけれど、フンボルトの有機的な宇宙観・地球観は、デカルトの機械論的自然に反対するものでありながら、突然ポッとでてきたわけでなくて、言うなれば発展的にでてきたものなんだろな、と。

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

 

 フンボルト的なコスモロジーの直前がどうだったかは、ちょうどこないだ出たこの本に詳しい。ちょうど同時期にこの2冊がでたのはちょっと運命的にも思う。『ジオコスモスの変容』についてはまた今度。