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文化的消費活動の日記

ジョン・E・ウィルズ 『1688年: バロックの世界史像』

 

1688年―バロックの世界史像

1688年―バロックの世界史像

 

 「地球は回り、朝の光が、どんよりとほのかに青く染まった太平洋の大海原から、日本とルソン島の海沿いや森や平野に移っていく」。今年の1月に亡くなった歴史家、ジョン・ウィルズの『1688年』はこの一文からはじまる。ここまで美しく、詩的な情景を想像させる歴史の本が他にあるだろうか。この素晴らしい導入だけでもこの本は読む価値がある。

本書は、1688年、ヨーロッパの国々が世界中と貿易を盛んにし、中国では清が起こり、日本では井原西鶴松尾芭蕉が活動していた頃。ひとりの歴史家が、世界中のあらゆる場所で、なにが起こっていたのかをオムニバスのように書き連ねた一冊。

世界史の資料集なんかに載っている、地域ごとに列が分かれた年表を思い出してもらうと良い。その年表を、地域ごとに区切った列に従って、縦に読んでいくのではない。本書は、1688年という瞬間で横に読むグローバル・ヒストリーである。

著者の視点は自由で、全世界的な枠組みのなかから、さまざまな事件を選び取っている。各地域でおこった出来事が関係性を持つ場合もあるが、歴史的に重要なことばかりが選ばれているわけではない。まったくグローバルとは関係なさそうな、市井の人々の奇妙な死に方に触れる場合もある。

しかし、どんな事柄であっても、著者はすごく事件や人物に迫っていき、生き生きと描き出そうとする。そこがとにかく良かった。歴史を俯瞰するレンズと、接写するレンズが共存するようで、こういう歴史の描きかたもあるのか、と感心させられる。