これまで読んだボラーニョ作品のなかでは、一番「普通」の小説かも。死の淵にいるチリ人司祭による語りの形式をとっていて、ボラーニョの作品に特徴的な分裂的な、多層的な声がない。あくまで語り手(カトリックの司祭であり、詩人であり、批評家である)ひとりの視点で固定されている。一方で、その独白はときに記憶の混濁を表現するかのようで、基本的には直線的な時間軸で進んでいるハズなのに、ひどく区切りが曖昧だ。深い眠りに入るまえにみる夢みたい。だが、それは「夢のようなおとぎ話」というわけでなく、悪夢的であるのがボラーニョらしい。歴史的な教会建築を保護するために飼われた鳩殺しのための鷹たち、ピノチェトに請われて秘密裏におこなわれるマルクスに関する講義、華やかな文壇パーティがおこなわれる館の地下でおこなわれる拷問。エルンスト・ユンガーなどの実在の作家も登場し、死にゆく者が語る人生は、嘘とともに振り返られるチリの現代史でもある。