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文化的消費活動の日記

冨田恵一 『ナイトフライ: 録音芸術の作法と鑑賞法』

 

ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法

ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法

 

現代日本のポップ・ミュージック界を代表するプロデューサーのひとり、冨田恵一によるドナルド・フェイゲンの『Nightfly』の分析であり、批評、そして愛の表明。すごい名著。読みながら分析対象である『Nightfly』はもちろん、Steely Danのアルバムを聴き直していたが驚くべき数の気づきを与えてくれる、というか、自分は音楽のなにを聴いていたのか、という反省を促す内容。それは逆に言えば、プロフェッショナルはなにを聴いているのか、という話でもあろう。このアルバム収録の「I.G.Y.」のリズムがレゲエをベースにしていること、「The Goodbye Look」はサンバのリズムであることなど「そんなこと気づきもしなかった!」と衝撃を受けつつ、そうしたワールド・ミュージック的なイディオムが取り入れられつつも、全然、その原型を彷彿とさせないところがドナルド・フェイゲンのマジックなのかも、とも思う。

70年代的な制作手法の完成形として『Aja』があり、70年代と80年代的な手法の過渡期・迷いがある時期に『Gaucho』が、そして80年代的な手法の完成形として『Nightfly』が位置づけられる、というストーリーも明快。なのだが、本書において個人的に一番グッとくるポイントは、基本的にサウンドから推測される制作手法や、データや記録に基づいた客観的な記述によって分析が実施されているなかに、著者の音楽プロデューサー(というか、音楽業界にいる人)としての実地体験からくる判断、そして「どうして、この曲のこの部分でめちゃくちゃ俺は感動してしまうのか(大意)」の自己分析が含まれている点である。この主客が統合具合が、本書の「強度」(このタームは本書で頻出。作品の統一感、完成度を示す具合を指し示している)を生んでいる。

Nightfly [12 inch Analog]

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