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Nouvelle茶人、あるいは勉強家によるブログ

三浦哲哉 『食べたくなる本』

 

食べたくなる本

食べたくなる本

 

料理好き・料理本好きの映画研究者による「料理本批評」。わたしも「料理をしないシェフ」を自称するぐらいに料理本が好きなので「こういうものをいつか書きたかったのかもしれない」と思ったし、すでに我が家の本棚にある書籍もいくつかあるなかで、本書で複数回言及されている(本書の主人公のひとりと言っても良い)丸元淑生の著作には新しく興味を開拓されてしまった。『食べたくなる本』は「読みたくなる本」でもある。

著者の映画研究者としての仕事は知らない。映画好きに「どういう人なの?」と訊ねたところ、BBCのサイトで公開されている「最高の外国語映画(ここではつまり英語以外の映画)100」の投票結果を教えてもらった。著者はこの投票にも参加していて、友人曰く「これを見ると、どんな趣味かわかるよ」とのこと。

www.bbc.com

Tetsuya Miura – Aoyama Gakuin University (Japan)    
1.    Gertrud (Carl Theodor Dreyer, 1964)
2.    L’Argent (Robert Bresson, 1983)
3.    Goodbye, South, Goodbye (Hou Hsiao-hsien, 1996)
4.    A Story from Chikamatsu (Kenji Mizoguchi, 1954)
5.    Late Spring (Yasujirô Ozu, 1949)
6.    Breathless (Jean-Luc Godard, 1960)
7.    Taste of Cherry (Abbas Kiarostami, 1997)
8.    Typhoon Club (Shinji Sômai, 1985)
9.    Cure (Kiyoshi Kurosawa, 1997)
10.  Happy Hour (Ryûsuke Hamaguchi, 2015)

 印象というか感想なのだけれども蓮實重彦から直接教育された世代によって再生産された蓮實重彦の影響を感じる趣味」というか。本書でも「蓮實重彦の本で出会ったたけれど、いまだ見れていない映画監督の名前」がいくつも登場する。映画批評らしいなぁ、と思うのは、食べ物を目の前にして、それを口に含み、飲み下す、その一連の動的な流れを文章に落とし込むときの筆致。まるで映像を文章に変換するとき、そのものであって、ここに映画批評家として筋力を感じるのだった。個人的にはサンドイッチを食べる文章に惹かれて、その翌日、思わず朝食にサンドイッチを作ってしまったほどだ。

https://www.instagram.com/p/BvPwE5IH5Ov/

#料理をしないシェフ 今読んでいる『食べたくなる本』にサンドイッチについて書かれていたので、今朝は冷蔵庫にあったベーコンとレタスでサンドイッチを作った。シンプルだが旨い。

著者は福島県出身であり、Twitterで共感を表明していた千葉雅也(栃木県出身)と同様に共感する部分が多々あった(著者が郡山市出身、わたしは福島市出身という違いはあれど)。とくに心打たれたのはステーキ宮というステーキレストランチェーンの名称で、その文字列が目に入った瞬間に福島市内の国道4号線上にあった店舗(母が勤めている会社の事務所の近くにあった)の風景がフラッシュバックした。たぶんわたしは一度しか行ったことがないのだが、なぜか強烈に覚えている。

www.google.com

調べたところによるとこのステーキ宮は本社が栃木県にある企業によって運営されている。戯れに「ステーキ宮 国道4号線」というキーワードでGoogle Mapを検索したところ、東京都から青森県まで繋がるこの長い道路上に寄生するかのようにステーキ宮が点在していることがわかり感動した。

地方の国道沿いの風景の平準化(どこにいっても似たような店が並んでいる)が批判的なトーンで語られることがあるが、その平準化された風景は、地方在住者にとっては固有のものであり、思い出たりうる。そして、著者とわたしのステーキ宮の思い出が4号線上で(おそらく高い確率で)つながるように、それぞれ違ったステーキ宮の風景がだれかと共有されることに強いロマンを感じさせる。同じ店の思い出を共有しているのではなく、違う店の思い出が共有されることが重要なのだ。

また、本書の魅力のひとつをなしているのは、著者の立ち位置だとも思う。高級なもの、手の混んだものも好きだけれど、ジャンクなものも好き、という「どちらでもある」という態度。たとえば、その日の朝に水揚げされたばかりの文字通りの鮮魚をさばいて料理することもある一方で、プリングルスサワークリームオニオンの魔術的な旨さに触れる。

この感覚、あえて今っぽい言葉で言うなら、わかりみが深い。どちらでもあるからこそ、極端な方向に振れない。ゆえに可能となる冷静な分析と適切なツッコミ。本書の最後に位置する放射能と食について書かれた文章においてもその態度が貫かれていて、いまの気分にあっている。