sekibang 3.0

文化的消費活動の日記

東浩紀 『ゆるく考える』

 

ゆるく考える

ゆるく考える

 

2017年の『観光客の哲学』から東浩紀の著作に関心を再度持とう、と思っていたのだった*1。本書は2008年から2018年に書かれたエッセイをまとめたもの。全体は3部にわかれていて、2018年の新聞連載、2008-2010年の文芸誌での連載、2010年以降の単発の文章、という構成、時間が行ったり来たりする。

このうち、まんなかの部分が今読むとたいへん香ばしい。「ネット論壇」、「ブログ論壇」みたいなキーワードがでてきて、インターネット上の言論空間に「新たな可能性」が感じられていた時代の徒花のような文章。その後、インターネットの言論空間、といえば、Twitterが流行し、炎上と論争のメディア*2と化して、ブログもアフィリエイターの運営によるゴミのような情報が載っている媒体に成り下がってしまっている。過去のキラキラした希望と現在のイケてない状況との対比には懐かしさとともに、我がことのような恥ずかしさを感じずにはいられない。

「いまの気分」にハマるのは、やはり第一部の新聞連載の文章。媒体の特性もあってか、落ち着いた、読みやすい文体で書かれた「やわらかい哲学的エッセイ」といった装い。なるほど、こういう文章も書ける書き手だったのか、と著者の新たな一面を垣間見つつ 、改めて『郵便論的、存在論的』を読み直したい……(が、一生読み直せない気がする)という気持ちになった。

*1:参院選のあとに数年ぶりにTwitterのアカウントもフォローしてみたが、こちらは即座に断念してしまった。電話で誰かとの論争しているのを見せられているようなTwitter運用スタイルは見ていて疲れてしまう

*2:と言っても痴話喧嘩、対話ではなく友敵にわかれてお互いを罵倒し合うような暗澹たる有様であり