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文化的消費活動の日記

綿矢りさ 『勝手にふるえてろ』

 

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

 

いまこのエントリーを書きはじめた瞬間、新刊当時、新宿のサザンテラスのほうの紀伊国屋で派手に売り出されていた記憶がなぜか蘇ってきた。昨年、現代日本を代表するスーパー若手女優、松岡茉優様主演で映画化された小説『勝手にふるえてろ』、綿矢りさの原作を読む。映画は未見であるのだが、読書中の脳内イメージは完全に松岡茉優様の御姿で出来上がっていた。

綿矢りさといえば、わたしはかつてこんな風に評したことがある。

人間の描写に強烈なブラックネスが混じっているところが、綿矢りさの小説の好きな部分だった。彼女は、冴えない人間を、悪意さえ感じるほど鋭く、柔らかい表現をつかって描いてしまう。時速200kmぐらいでマシュマロを投げつけて、人を殺す感じの、そうした凶悪さがすごく好きだった。

本作の主人公は、冴えないおたく女性。その冴えなさ、痛さ加減の描写には、作家の天才が遺憾無く発揮された名作といえよう。小説のほとんどが主人公の内的な独白で占められているのだが、それがいちいちおたくっぽい。おたくっぽい自意識の過剰が最高だし(「おたくのくせにテクノが好きな私は」)、「視野見とはイチを見たいけれど見ていることに気づかれないためにあみ出した技で」という最高のフレーズで冒頭から持っていかれてしまう。綿矢りさはマジで天才。

主人公の振る舞い、意識の痛々しさを受け止められるオトナになっていて良かった、と心底安堵する。

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