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文化的消費活動の日記

丸谷才一 『無地のネクタイ』

無地のネクタイ

無地のネクタイ

 

2012年に亡くなった作家、丸谷才一のエッセイ。2003年から2004年、そして2010年から亡くなる直前まで断続的に『図書』に寄せられた文章がまとめられている。書かれていることはおおむね、世間に対して、とくに言葉遣いに関しての小言である。「近頃、○○なんていうものがあるけれど、あれはいかがなものかねえ」的なぼやきの集積。丸谷才一じゃなかったら鬱陶しいダケの文章に違いないが、それを「筋は通っているよね」と読ませるのがこの文筆家のすごいところか。少なくとも、日曜の午前中にテレビ画面にあらわれて「喝!」と凄む体格のいい元野球選手のジジイとは違う(あれは老人性の癇癪が爆発しているだけだ)、知的な洗練をもった小言。読んでいて、喉の奥から小さな笑いがこみ上げてくる。こういう小言を「読ませる人」がいない世の中はちょっと寂しいね、とも思う。

小言ではない文章では「指導的な批評家」という文章が大変勉強になった。これは自著『日本文学史早わかり』の解題的な一本。日本文学を政治史とあわせた時代区分で整理する従来のやり方を無意味だ、と一蹴し、文学そのものによる区分を提案した一冊、らしい。「指導的な批評家」は、この本の一項目であって、ここで筆者は正岡子規を日本の近代文学の骨格を定めた批評家と位置づけている。その骨格とは「青春」なのだ、と。