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文化的消費活動の日記

マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 第4篇 ソドムとゴモラ』

 

失われた時を求めて〈7〉第四篇 ソドムとゴモラ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて〈7〉第四篇 ソドムとゴモラ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

 
失われた時を求めて 8 第四篇 ソドムとゴモラ 2 (集英社文庫)

失われた時を求めて 8 第四篇 ソドムとゴモラ 2 (集英社文庫)

 

この長い小説もようやく折り返し。1年で全部読めてしまうかな、と高をくくっていたのだが2年がかりになりそうだ。プルーストの生前に出版されたのはこの第4篇までであり、あとは死後出版となる。『失われた時を求めて』の核心部のひとつである同性愛の主題は、これまでも折に触れて姿を表していたが、ここで本格的に表立ってくる。

強烈なキャラクターであり、社交界のグダグダした記述から何度も読者を救ってくれるであろう(私はこの人がいなかったらこの小説を読み抜けられない、と思う)シャルリュス男爵は冒頭から大活躍。語り手の目にこれまでの不可解なものとして映ってきたシャルリュスの行動が「なるほど、そういうことだったのね……」と腹落ちするシーンがある。ネタバレになってしまうが、シャルリュスが男をナンパして(相手は語り手が住んでる屋敷にいるジュピヤンというチョッキ縫いの職人。これもなかなかの良いキャラ)「行為」を済ませてしまうところの一部始終をのぞき見てしまうのである。目撃されている2人の様子が大仰な比喩によってものすごい濃度で記述されるのはこの巻の読みどころのひとつであろう。

「ソドムとゴモラ」の1/3ぐらいはシャルリュスの話で費やされている印象がある。第4篇を、2つに分割すると前半は、ゲルマント大公夫人のパーティー、後半は第2篇の後半の舞台であるバルベックが2度目の舞台となる。後半でもシャルリュスは大活躍し、今度はモレルというヴァイオリン弾きを恋人にしようとしてアレコレし、終いには決闘騒ぎまで起こしてしまう。これを老人性の癇癪とするのか、はたまた純な恋愛感情とするのか判断はわかれるところだが、前半でのシャルリュスの扱いは「語り手はシャルリュスが同性愛者だと知っているが、周りは知らない」という立場であるのに対して、後半は「あの人はコッチの人だよね……?」と薄々感づかれている。ここにも社交界での位置づけの変化、評価の変動が現れていると言えるだろう。

シャルリュスが「ソドム」を担うキャラクターだとしたら、「ゴモラ」は……ここで登場するのがアルベルチーヌである。第2篇で初めて登場した彼女は、第3篇でも登場していた。そこでの彼女は語り手と肉体関係を持つのだが「一度モノにしてしまうと途端に熱が冷めてしまう」という語り手の悪い部分が出てしまい、雑に扱われるセフレみたいな酷い立場に甘んじている。第4篇(舞台はバルベックに移っている)でも当初はそういう可哀想な役どころなのだが、ちょっと様子が違う。時折語り手に冷たいし、影でコソコソやっているみたいである。

「そりゃあ、語り手に雑に扱われているんだから浮気ぐらい……」と思うのだが、その相手が「男性じゃなくて女性なんじゃないか……?」という疑惑が語り手の胸に去来してからがもう大変。嫉妬の嵐が吹き荒れ、アルベルチーヌへの情熱が再燃する、という「人としてどうなんですか、それは」という恋愛模様が描かれる。完全にプリンスの名曲「Bambi」の世界だな、と。

ちなみに「アルベルチーヌがレズビアンバイセクシュアルなんじゃないか」という疑惑は、第4篇の最後に「おーい! ココとソコ繋がるんかーい!」という伏線の回収につながっており、大きな読みどころを作るのだから侮れない。そして、次の話まで読者の気持ちをつなげるフックにもなる。こういうところに節目節目でちゃんと読む気にさせてくれるプルーストの上手さあるのかなぁ。基本はダラダラしているのだが……。

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