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文化的消費活動の日記

ジョセフ. E. スティグリッツ 『スティグリッツ PROGRESSIVE CAPITALISM』

 

 先日「他山の石とする」という言葉を完全に間違った用法で使った日本の政治家がいたことが話題になったが(ただ、ネタとして一瞬で消費されてもはやだれも覚えていない)、本書こそ本当に他山の石として欲しい一冊。著者は2001年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者。2019年に出版された本書は、アメリカが過去の40年ほどのあいだに、どんなプロセスを経て格差を広げ、不平等を蔓延させ、金持ちや大企業に有利な国となったのかを解き明かし、その打開策を提言する。

第1部の「迷走する資本主義」では統計データを参照しながら、この資本主義(というか新自由主義)によって巻き起こったアメリカの変化が細かく追われていく。トランプ政権においてその歪みはより加速していく、というのが評価の基本ライン。金持ちはどんどん儲けて、中間層はどんどん削られていく。その圧倒的な超富裕層だけが成長している様子は、このグラフのえげつなさを見ると苦笑するほかない。

 中間層の露骨な削られっぷりといえば、日本も例外ではない。

こんな風に、本書で説かれているアメリカの歪みを「日本ではどうなんだろう?」と調べてみるのが面白い読み方かもしれない。

たとえば本書ではアメリカにおける所得階層ごとの平均余命に大きな差がでている(金持ちほど長生き)というデータもでている。日本の状況を調べたら、厚生労働省「平成27年市区町村別生命表」を作成していた(平成27年は2015年)。男性のところを見ると、平均寿命トップの横浜市青葉区(83.3歳)とワーストの大阪市西成区(73.5歳)を比べると10歳近い平均寿命の差がある。富裕層が多い町と日雇い労働者の町における如実な差! ちなみに、2000年のデータと比べてみると青葉区は80.3歳、西成区は71.5歳と約9歳の差となる。15年で平均寿命が1歳広がっている(これが単なる誤差なのか、格差の広がりの表現なのか、判断する力はわたしにはない)。

さて、こうした新自由主義的な歪みに対して、筆者はどのような提言をおこなうのか。この内容は驚くほどシンプルで教科書的と言って良いほどオーソドックスだ。儲かってる大企業はちゃんと税金を払え、再分配をちゃんとやれ、教育に力をいれろ、政府は適宜市場に介入して支配的な企業が自分に有利なことばっかりできないようにしろ(イノベーションを阻害するから)、それで公正で安全な社会に作り直せ、財政政策もしっかり!……ニュー・ケインジアン代表のような意見すぎてやや退屈に読めてしまうかもしれない(ってか、オーソドックスすぎて、どのへんが邦題にあるような「プログレッシヴな資本主義」なのかよくわからない)。

しかし、このような政策こそが、いまの日本にも必要な真っ当な経済学だと言える。昨今、マルクス研究の人が「イノベーションなんかしても資本家が潤うだけで、労働者のためにはならない(だからイノベーションも経済成長もしなくていいんだ。エコじゃないし!)」みたいなことを言っていて「それはどうなんだ?」とモヤモヤしていたが、このモヤモヤを解消する答えも本書にある。

政治がイノベーションに対してなにもしない、資本家が潤うだけ(つまり生産性が上がって労働コストを減らしながら同じだけの製品を生み出す = 利潤が増える!)にしておいたら、たしかに労働者はポイされるだけだ。一方である種の業界の労働需要の低下に対して、政府が雇用を生み出したり、教育の機会を与えて労働者が別な業界に生み出せるような政策をすれば良い。イノベーションが悪いわけではない。悪いのは、政治の問題であって、経済成長やイノベーションをしなくて良い、というのは「ぼくたちはみんな貧乏でいましょう!(ぼくはコムデギャルソンとか着ますが……)」という物言いに他ならない。

奇しくも本書が刊行されてから、アメリカはバイデン政権に移り変わり、早速超大規模なインフラ投資をブチあげたり*1、税金を払ってない巨大企業にちゃんと税金を払わせようとしたり*2していて、この路線で中間層ば復活したら歴史に残る大統領になる片鱗を見せはじめている。願わくば、日本もその流れをうまいことパクッて欲しいもの。