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文化的消費活動の日記

藤井義夫 『アリストテレス』

(読んでる途中にTwitterで言及したらTwitter経由でこの本の古書が4冊も売れた)1959年に刊行されたアリストテレスの概説書。著者は一橋大学の名誉教授。調べたところによると1905年生まれとある。近現代の日本における西洋哲学研究は、明治維新以降にはじまったそうなので、大体1870年ぐらいからちょっとずつはじまったと考えて良いのだろう。そう考えると、著者は西洋哲学の受容・研究開始から50年ぐらい経ってからキャリアをスタートしており(1930年に旧・東京文理科大学、現在の筑波大学の「副手」の職についている)、そこからさらに30年ぐらい経て、この本というわけ。あわせたら日本で研究がスタートして、80年目でこういう本がでてくる。これがまずスゴいんじゃないか、と。もっとも専門家ではないので、本の内容を正確に評価することはできないのだが。

アリストテレスの生涯、哲学(論理学・倫理学形而上学的なもの限定。ほとんど自然学系の著作には触れられていない)、さらにはアリストテレスの死後から現代にいたるまでのアリストテレス受容の流れ、それからアリストテレス研究指南までの濃い内容を本文300ページ弱で走り抜けていく。記述のレベルとしてはかなり高く、ギリシャ語のテクニカル・タームに一部ギリシャ語表記のみで読み方がふってなかったり(俺も読めない)するので、アリストテレス入門には不向き……だが、ある程度ギリシャ哲学の本を読みなれてきた学部3年生ぐらいだったら読みこなせるんじゃないかと思う。とにかく前4世紀からずーっと西洋哲学の世界で影響力を持ち続けてきた「哲学者」であるから、学びの方向感や土地勘を掴むためにもアリストテレス(とその哲学的伝統)についてはわかっておいたほうが絶対良い。現行の新書とかでこのぐらいの密度のものはたぶん存在しないですよね(内容的にも全然新書のレベルじゃないが)。

ドイツの古典学者、ヴェルナー・イェーガーの業績を参照しながら散逸してしまい今はもう伝えられていないアリストテレスの「公開的著作(と呼ばれる対話篇)」の内容を推測的にサルベージしようという箇所もめちゃくちゃ勉強になるし(この本の冒頭から、現代にも伝わっている「アリストテレスの著作」というものが一体どういう性質のテクスト群なのかっていう話が続く。ちなみに、現代伝わってる「著作集」は前1世紀の終わり頃にロードスのアンドロニコスによって刊行されるまでほとんど知られておらず、むしろそれまで読まれていたのは今は消滅してる対話篇だったという。ここからはそもそもアリストテレスを読むとはどういうことなのか、っていう問題も立ち上がってくるだろう)、細かいところだと中世の哲学者が手にできていたアリストテレスの著作はなにか、とか、アラビア語圏でアリストテレスが受容される前にはギリシャ語から直でアラビア語に翻訳されてるのではなく、あいだにシリア語を挟んでいるケースがある、という話が面白かった。ギリシャ語 → シリア語 → アラビア語、っていう伝達のリレーは完全に地図上の位置関係に一致してるんだよね。当たり前かもしれないが、そういうリレーにめちゃくちゃロマンを感じる。良いなぁ、アリストテレス。このあたりももうちょっと深堀りして読んでみたいものだ。