sekibang 3.0

Nouvelle茶人、あるいは勉強家によるブログ

2023年1月28日、あるいは香りで満たされる

4時半に起きる。喉の痛みが残っているが平熱。注射したところの痛みもかなり引いてきた。昨日「この俳優の名前なんだっけ」と調べたせいか(福士蒼汰だった)夢に福士蒼汰がでてくる。福士蒼汰さんの実家らしいところで鍋パーティをしているのだが、自分はずっと本を読んでいて「せっかくパーティなのになんでずっと本読んでるんだよ」みたいなことを言われた。

起きてKさんの日記を読んでいると「画像はイメージです」というクリシェについて書いてある。このすごい表現(たしかに画像はイメージなのだ)については自分もちょっと前にTwitterで書いていた。

(上記のTweetには恥ずかしい英語の間違えがある。The image is an image. だ)より現代思想めいた言い回しにするならば、その画像はひとつのイメージに過ぎない、となるだろうか。そこに映し出されているものは本物(リアルなもの)ではなく、あるひとつの一例にすぎない。真正かつ唯一性をもった姿は伝えられることはなく、常に散種されうることとなる……ここまで考えると「画像はイメージです」とはコミュニケーションの本質を捉えた表現のように思えてくる。すべてのメッセージは常に「画像はイメージです」のようなものだ。

英語のハノン。終わって「エヴァ」。16話。前回は絵がかなり良かったが、この回はかなり90年代アニメの雰囲気が強い。長谷川眞也が作画監督。調べてたらこの回は16mmマスターが紛失しており35mmインターネガからテレシネを行っているとのこと。そのせいか全体的に色味が淡く、白っぽい(そういう演出なのかと思った)。

さらにNHKで放送していた細野晴臣のインタヴュー番組を観る。髪型が昔、インディアンに憧れていたという時期の感じに近づいてきている。そして入れ歯がめちゃくちゃ目立つ感じになっていて驚く。しかし90歳と75歳の対談を30分やる豪胆さ。

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朝食後、こないだ届いたCorneliusのコラボレーションお茶を淹れる。特別なブレンド、というのでなんかものすごいフレイヴァーを期待していたが普通に美味しいお茶って感じ。

お茶を飲みながらHと「ウルトラセブン」を見る。ウルトラセブンの声にものすごいリヴァーブがかかっていることに対して「なんでウルトラセブンの声は1回しか喋ってないのに2回喋ってるように聞こえるんだろうね」と難しい疑問を抱いていた。

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今日の服はHが自分で選んだコーディネートに合わせてみた。自分が来ているセーター、「ロンドンに行くときに新宿のアローズで買ったなぁ」と覚えていたのだが、確認したらそれが2014年のことだった。もう買ってから9年近く経ってんのかよ、と驚愕。

歯医者。歯石をとってもらっているあいだに舌を尖ったもので突かれ鋭い痛み。

ギフトカードをもらっていたので昼はケンタッキーをテイクアウトする。いつもどのぐらいの量が適切かわからず食べ過ぎる。

内田光子の新譜がでていた。シューベルトの《白鳥の歌》とベートーヴェンの《遥かなる恋人に》。ベートーヴェンにこういう歌曲集があったとは知らなかったが素晴らしいものである。

ひとりになったタイミングで中国茶を飲みながら読書。たまにやると良いものだ。茶の香りで身体が満たされていくような感覚がある。途中で新車の車検証の情報が届いたので自動車保険の手続きをする。車両入替と契約継続手続き。補償内容をいろいろと見直していて、車両補償で津波はカヴァーされていないことを知って驚く。2011年の津波で飲み込まれた車はみんな補償されてないのか。

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読了。

鷲田清一 『モードの迷宮』

高校時代、おそらくほとんど初めて読んだ思想の本(たしか模擬試験の現代文のテクストにこの本からの文章が選ばれていたのだと思う)。当時通学時間に線を引いたり、付箋を貼ったりしながら熱心に読んだ記憶がある。自分にとってそういう懐かしい本を今読んだらどうなるんだろう、と思って書い直して読んでみたのだが、驚くべきことに、まったくどの文章も記憶になく、かと言って新鮮にも読めない感じだった。当時(1988年刊行)にサントリー学芸賞をとってるのだが、この本が受賞しているとなると今とは選手の基準が違うんじゃないか、という気にもなる。もっとも1989年に本書が選ばれたときは同じ著者の別な本とセットでの受賞、ということだったみたいだが。

日本の思想家がファッションに切り込んだ著作、として自分も記憶していたのだが(たぶん自分がこの本を読んだ2000年代前半の著者のイメージに引っ張られている)あまりそういう本ではなく、むしろ、現象学記号論を用いながら服を着ることの効果や、服を着ることで変容する身体論のようなことが書かれている。

だから具体的なブランドやモードに関するファッション批評のようなものを期待すると肩透かしに合うのだが、読みながら記号論みたいなものが今全然流行らない現状について、つまり記号論がモードじゃなくなってることについて考えてしまう箇所があった。「これこれこういう理由で男性がスカートを履くことは禁じられているのだ」みたいな記述。男性がスカートを履いたっていいじゃないか、多様性が大事じゃないか、みたいなことになってるときにこれを読むと、記号論がその読解で寄る辺とするコードの力が弱まっていることを意識させられる。

2023年1月27日、あるいは秒速

6時に起きる。紆余曲折ある夢。高校オケの同級生だったコントラバスのTがでてきたり。夢の終盤ではバーに閉店まで居座っている。閉店時の音楽がKing Crimsonの「Epitaph」だった。平熱には戻ったがまだ注射したところの周辺が筋肉痛のよう。喉も痛く風邪っぽい。英語ルーティンをやろうと思ったが、体調が悪いときにやっても良くない、と思って中止。

仕事をはじめるとだんだん調子が悪くなってくる。微熱が昼食を食べ終えた頃にはしっかりとした発熱に……。仕事を切り上げてひたすらダラダラする。

注文。起きているだけで散財してしまうマシーンのようだ。

こないだから幼稚園からランドセルの案内をいろいろもらってきている。今日もらってきたのはクラシカルなやつじゃないほうの、子供が喜びそうなラインのもの。そのなかに秒速で億を稼ぎそうな雰囲気の写真を見つけた。

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読了。

松本卓也 『人はみな妄想する: ジャック・ラカンと鑑別診断の思想』

『疾風怒濤精神分析用語辞典』に引き続き、ラカン関連の本を。こちらは松本卓也の第一著作(2015)。ラカンの理論的言説を通時的にたどりながら鑑別診断(本書で取り扱われるのは、精神病か神経症かの診断)の変遷を整理したもの。その変遷を超大雑把に圧縮してお伝えするなら「50年代、60年代のラカン神経症/精神病を区別する理論化をおこなってたが、70年代のラカンはあらゆる主体のベースに精神病があると考えるようになり、最終的には神経症と精神病を区別して論じなくなった(が、臨床的には区別した)」ということになると思う。大変精妙かつ丁寧に整理されながら論述されるので『疾風怒濤精神分析用語辞典』よりも求められるレベルはあがるものの、個人的には『疾風怒濤精神分析用語辞典』を読んだときに追いつけなかった70年代ラカンのエッセンスがふんわりとわかるような気になったのが収穫だった。

ラカンの思想を学ぶ側面だけでなく、ジャック=アラン・ミレールに代表される現代ラカン派の実践についても触れられている。2010年代前半にフランスでおこった同性婚に関する議論において、同性婚反対派の論者が精神分析によりかかりながら異性愛を「自然な性のあり方」と主張したことに対してミレールが反論し「現代におけるエディプスは規範としての機能をもっておらず、それぞれの主体の欲望の特異性=単独性が尊重されるべきだ」と主張したことについては、超難読なラカンが行き着いたのがそんな「世界に一つだけの花」みたいな話で良いのか! と改めて思うのだが(特異性=単独性とうまくやっていけるようにするのが精神分析終結である、という結論! 言ってることの大半がめちゃ難しいのに結論部だけ異様にスッキリしているこのすさまじさ!)、晩年のラカンがたどり着くことになる逆方向の解釈(症状を解釈するのではなく、その症状の発生の根源を探ろうとすること)に関連して「いまやミレールを中心とする現代ラカン派では、意味論的な次元における症状は二次的なものであり、あらゆる症状は身体と言語の最初の出会いが刻まれた非意味論的で自体性愛的な「身体の出来事」をその根に持っていることが共有されている」(P.422-423)と言われているのが興味を惹いた。読み様によっては「身体の出来事」を脳の器質的な問題へと還元していくことになるのかもしれないが、主体の特異性の偶有性、たまたまそういうことになっている、という語りぶりは今っぽくも感じられる。

結論部では、現代の精神医学の包括的なケアに関する問題提起が行われている。そこでは、不治の病であった精神病が投薬と認知行動療法によって治りうる病になり、支援を受けながら病者が生活しうる病(健常者とともに生きられる病)へと変化したこと、それ自体は喜ばしいことだが、それが結局は「己の能力を最大限に発揮せよ!」、「享楽せよ!」という資本の論理に回収される危険性もある、と指摘されている。このくだりを読みながら、毎週日曜日の朝、NHK教育の園芸番組をぼんやり見ていると突然始まる「no art, no life」という番組のことを思い出していた。内田也哉子があの独特なトーンのナレーションでいわゆるアール・ブリュット的な人々を紹介する、そのプログラムに感じていた違和感は本書の結論部によって言語化されるようだ。それはまさに享楽がアートという資本に収奪される様子そのもののようにも見え、もっと意地悪な読み方をすれば、アートをする精神障害者を称揚することでアートをしない精神障害者の立場を貶めることにならないのか、とか。

2023年1月25日、あるいは不穏

4時半に起きる。英語ルーティン。キャリフォルニアで発生したmass shootingについて続報。監視カメラに犯人と格闘し銃を奪った人が映っており、その人がインタヴューにも答えていた。犯人は72歳のアジア系の男性(すでに自殺)。アジア系を狙った差別、ということでもないらしい……。

仕事前に筋トレ、腹筋。

こないだ表参道の半蔵門線ホームを降りているときに、階段に女性のパンティが落ちていたことを急に思い出した。「女性のパンティ」。そもそもパンティは女性のものだろうから「女性の」という修飾は重複的である、とともに「ひょっとしてパンティって和製英語か?」という疑問が浮かぶ。複数の辞書を引いたところ、pantyという言葉自体は米英語にあるが、通例pantiesと複数系になる、とある。辞書によっては複数系のみと書かれていた。
ところで、英辞郎にはpanty jobという言葉の登録されていた。

eow.alc.co.jp

それ、なんとなくわかります!(はっきりは思い出せないけど、見たことあります、なんかで!)と思う。その見たことある光景に名前がつけられていたことに小さく感動した。言語によって世界が分節化される様相が異なるという一事例。

Reminiscence

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昨日に引き続き濱瀬元彦のアルバムを聴く。ひとりペペ・トルメント・アスカラールみたいなフューチャー・ジャズ

昼にコロナのワクチン接種。4度目。病院の待合室で「トムとジェリー」を流していて接種後の待機時間に見てめちゃくちゃ笑ってしまう。

Kindleのセールとまとめ買いキャンペーンをやっていたので気になったもの、気になっていたものを購入。

 
 
 
 
 
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Corneliusのアイテムも届いていた。友人曰く「富裕層向け商品」。たしかに。カセットテープのケースがついてないのがちょっと残念だった(10インチのヴィニールに入ってるが、どう収納しろというのか。ほかのアイテムとの収納的な調和とか考えて欲しいものである)。

夕食後、不穏な連絡。そして徐々に発熱。解熱剤を飲んで寝る。

2023年1月24日、あるいはフロス

4時半に起きる。夢のなかで電車に乗っていた。目的地は家の最寄りから4駅隣りの駅なのだが、夢の中ではそれがめちゃくちゃ遠い。ちょっとした小旅行になっていて渋谷から一時間半ぐらいの距離になっている。座っている自分の膝の上には「アド街」を雑誌化したような本があり、そこには目的地に関する情報がある。雑誌を眺めていると別な乗客のリュックが顔に当たる。車内はガラガラなのに知らない中年男性がわざわざ自分の隣に座ろうとして、その際にリュックが当たったのだった。その男性の顔に目を向けると、向こうのほうが抗議するようなまなざしでこっちを見てくる。思わず座席を移動した。

英語ルーティン。キャリフォルニアでアジア系を狙ったmass shootingが発生している。先日Twitterで半分冗談で書いていたが、西海岸のIT企業で働いていたアジア系のソフトウェア・エンジニアは日本に移住して米国の仕事をしたら幸せになるんじゃないか、と思う。なんでも安いし、銃撃されるような強烈な差別もない。六本木あたりに住んだって米国の給与がもらえるなら余裕だろう。

ラジオでグラミー賞の話題が出ていて去年聴きそびれていたアルバムを思い出す。かなり内容の濃いポップ・アルバム。聴きながら朝ジム。胸、腕。ひとりでジムに来ているインド系の女性が同じインド系の男性にあれこれ指導されていた(同じ光景を昨日も見た)。どうやら友人関係でもないみたいで、ああいうのは鬱陶しくないのかな、と思う(自分だったら知らない人から「こういう風にやったほうが良い」みたいにいきなり口出しされたら、うるせぇ、って思う。同様の理由でInstagramのレコメンデーションにあらわれる「あなたのその英語間違ってますよ」みたいなアカウントもうるせぇ!って思う)。その空間における人種的なマイノリティの「同志」を見つけて声をかけたくなった、みたいなことなのかもしれないが、鬱陶しい男性は人種を問わないんだな、と関心しもする。

Intaglio

Intaglio

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浜瀬元彦自身名義のアルバムがいくつかサブスクで聴けるようになっていた。打ち込みとベースで1986年のアルバムの再録音したものらしい。ジャズとも言い難い独特な世界観だが悪くない。

Release Spirit [ARTPL-180]

Release Spirit [ARTPL-180]

  • アーティスト:Khotin
  • PLANCHA
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Khotinの新譜もアナウンスされていたので注文しておく。楽しみ。本当はカセットテープでほしかった。

夕食後にたまたまつけたテレビでデンタルフロスは歯磨きの前にやるのが正解とあり衝撃を受ける。「あなたのやり方間違いです」という出会い頭での介入もテレビだとそんなに気にならない。