昨年末、今年はどんな新譜を聴いてたっけな、と振り返ろうとしたらまったく振り返ることができなかったので、今年は新譜に関してメモをとっていくことにする。
続きを読む月曜日の夜に完璧なビールと出逢うことについて
完璧な、あまりに完璧なビール(あるいは、月曜の夜に完璧なビールに出逢うことについて)
ステーキサンドは、マスタードがかなり効いて、不思議なほどお肉が柔らかくて美味かった。大学の先生とゼミの学生さんのグループに紛れて、ビールを2杯飲む。
横山光輝 『三国志』
雑にいろんなものを読んでいるので、雑学に富む人物と評されることが多いわたしだが、そのナレッジベースにもいくつかの鬼門があり、たとえば「戦国時代」、「幕末」、そして「三国志」があげられる。これらの鬼門について、いつかはどこかで、と思っていたのだが、勤務先でちょうど横山光輝の『三国志』の話をされ、昨年末ぐらいから話題になっていた横山光輝の『三国志』と日経新聞のコラボにも出会い……というきっかけがあって、今年の正月から一生懸命読んでいたのだった。さすが名作漫画だけあってとても面白かったです。
三国志ファンの人からすれば、なにを今更、という話なのかもしれないが、魏・呉・蜀の三国志、蜀といえば、劉備玄徳に関羽、張飛に、諸葛亮孔明がいて、みたいなことは、三国志ほとんど知らないわたしでも知ってるわけだ、けどさ、漫画読んだら、孔明はなかなか出てこないし、劉備が蜀を治めるようになるまでが、すげえ長いのね。そこでびっくりしてしまった。
これ、ホントに孔明がでてこなかったら、人気でなかっただろうな、とも思う。孔明が出てくるまでは、なんかわちゃわちゃした戦ばっかりで。作戦といえば「退却した、と敵に思わせておいて深追いさせたところを叩く」みたいな(これ、全編を通してよく出てくる作戦なんだけど)ものばっかりじゃん。それが孔明がでてくると、ヒューマン・リソース・マネジメントだとか企業経営じみた話にもなるし、物流と情報が大事になってくるしさ。だからオッサンにも人気がでるのか、と。
わたしも会社員なんで、すげえわかる部分があって。孔明にやられまくってメンタル病んじゃう曹真だとか、部下に対するパワハラが原因で死ぬ張飛だとか、調子に乗ってたら大失敗してプロジェクトを台無しにしてしまう馬謖だとか。会社員あるあるかよ、と思ったね。孔明もほとんど過労死みたいな死に方だし。ある能力が尖りまくった人物よりも、バランス型の人間のほうが長生きしてたりさ。まったく身につまされる。
平松洋子 『サンドウィッチは銀座で』
頭を使わないで、いい気分になりたいな、っていうときに食関連の本を読みたくなる傾向がある。本書を手にしたのもそういうタイミング。『孤独のグルメ』がメガヒットした谷口ジローの挿絵にも惹かれた。食関連のエッセイストである筆者があちこちを歩いて、美味しいもの(ごく庶民的な、定番のもの、そしてどことなくノスタルジーさえ感じさせるもの)を食べ歩くエッセイ。特別なにかが良い本ではないのだけれど、ところどころ「ああ、良いね、神保町のランチョン、良い店だよね、曰く言いがたい、風情があるよね」と共感するものがある。
ただ、この本の文体、読み続けていると微妙な気持ちになってくるのだった。故・永六輔が「男のおばさん」を標榜していたのとは真逆の「女のおじさん」的な感性がある。もっともこれは筆者のキャラクターではなく、掲載誌『オール讀物』向け、ということなのかもれないけれど。
釈徹宗 『不干斎ハビアン: 神も仏も棄てた宗教者』
不干斎ハビアンの名前を知ったのは、平岡隆二さんの研究がきっかけだったと思う。16世紀から17世紀の、元禅僧でありながらイエズス会修道士となった日本人で、当時の日本で信仰されていた各種の宗教を批判的に比較し、キリスト教を広めようとする著作『妙貞問答』を記したが、その後、棄教して今度は逆に反キリスト教の立場から批判書『破堤宇子』を記した人物。本書『不干斎ハビアン: 神も仏も棄てた宗教者』は、そのハビアンを扱った一般向けの本。著者は現役の僧侶で、大学の先生。
先に全体的な評価をしておくと、この本、結構期待して読んだんだけど、あんまり面白くなかった。ハビアンの人となりを分析する箇所で「わたしも宗教者だから気持ちがわかるんだけども」みたいなノリでプロファイリングに入ったり、突然ベイトソンへの言及があったり、内田樹を引用してみたり(あとで調べたら、著者は内田樹と親しい人物だったらしい。先に知ってたらこの本、読まなかったかも)、悪い意味で(?)一般人向けの本、っていうテイストで。大学の先生がこういうモードの本でやらかしがちな、全然面白くないユーモアも随所に挟まれている。そういうのすごく苦手。研究書の体裁でもなければ、一般向けにもアピールできてない中途半端な本。
『妙貞問答』と『破堤宇子』の内容を見ていく部分も、結局、仏教からキリスト教にいって、そのあとまたキリスト教を捨てちゃう、っていう特異なプロフィールを持つ歴史上の人物のメンタリティがどんなもんだったのか? をテクストのパッチワークで作ってるような感じ。これならハビアンの著作を直接読んだ方が面白いんではなかろうか……。