濱口竜介による映画講座やトークショーの内容を書籍化したもの。自作に関するものも含まれているが多くは、著者が影響を受けた外国映画や国内の古典、および黒沢清の作品について言及している。一見して蓮實重彦の映画スクールの系譜にいることがわかる分析で(著者の師匠筋にあたるのが黒沢清なのだから、当たり前、なのだが)ありながら、文章は蓮實重彦よりもはるかに読みやすい。どのように映画を鑑賞し得るのか、の実例を示す内容だと思うし、千葉雅也の『センスの哲学』の実践編のようにも読める。
興味を引いたのは、やはり自作に関するもの、あるいは自らの映画製作におけるコンセプトを開示している部分になる。そこでは繰り返し偶然性についての言及があり、著者独特な演出術として有名となった「イタリア式本読み」(余談だが、わたしは子供を寝かしつける際の絵本の読み聞かせをこのイタリア式本読みに倣って実行している)もまた、素晴らしい偶然を起こすための準備のひとつとして語られている。管理された偶然性……という現代音楽のキーワードも思い出されるのだが、それは脱線でしかなく、カメラが撮影しているのは現実である、という黒沢清的なテーゼに従順な制作態度としてそれらの手法を理解することができる。映画という芸術メディアが創造するフィクションは、現実から織りなされている。意図して「映画を撮る」のではなく「映画が撮れてしまう」。古澤健という映画監督(彼もまた黒沢清の弟子筋にあたる)がかつて映画の撮影についてこのように綴っていたことも思い出す。
