テクニカルな話が新書のなかではかなりハイレヴェルな本だと思うが面白い。中国の音声学や『日葡辞書』など資料を踏まえながら、古来の日本語の発音を復元していく試み。『新古今和歌集』の編纂者のひとりである藤原定家が日本語のつづりに与えた大きな影響などに興味を惹かれる。そう、本書のタイトルからはおおよそ「音声」を取り扱う印象をうけるのだが、個人的には、むしろその音声を書面で伝えるためのつづりの話に関心がある。とくに万葉仮名から平仮名・片仮名が生まれたことで、文字が書きやすくなり(エクリチュールのフォーマットが簡易になったことで)、その書きやすさが日本語の表現を拡張した、というデリダめいた話に強く惹かれる。
平仮名や片仮名は一音に対してほぼ一字が対応するので、書き手にとっては語の形が安定し、万葉仮名より書記の速度が大幅に改善した。平安時代人は、書きたいと思う動機の成立からそれを文字に転記するまでの速度が速まることによって、奈良時代には存在しなかった物語や日記などの散文が書けるようになった。この点が万葉仮名に対する平仮名の革新的優位性であるといえる。
釘貫亨. 日本語の発音はどう変わってきたか 「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅 (中公新書) (p.80). 中央公論新社. Kindle 版.