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文化的消費活動の日記

ケンドー・カシン 『フツーのプロレスラーだった僕がKOで大学非常勤講師になるまで』

 

90年代最末期から2000年代のプロレス界を大いに賑わせた覆面レスラー、ケンドー・カシンが半生を語る。基本的に格闘技関係の本には面白くないものが少ないのだが、カシンの奇行癖や物言いに魅せられたファンにはたまらない名著であろう。中学の帰宅部から猛烈な練習量と劣悪な人間関係で最強最悪な高校のレスリング部に入部したところから語りはじめ、新日本プロレス時代、総合格闘技デビューから、全日移籍、そして現在に至るまでのフリー時代が、カシンの目線から「え、こんなこと話しちゃって良いのか」という裏側まで暴露されている。

とくに興味深いのは総合格闘技参戦への絡み。優勝トロフィーを破壊、王座認定状をその場で破る、など傍若無人とも言える行動が知られる「はぐれもの」のキャラクターが、会社都合、業界都合、そしてアントニオ猪木都合によって翻弄されてきたことがわかる。この記述は、新日本プロレス暗黒時代、というかプロレスという格闘技自体が総合格闘技ブームに押され低迷していた時代の歴史的証言として大変重要なものになるだろう。総合で7戦やって1勝5敗1分というケンドー・カシン石澤常光)の芳しいとは言えない戦績は「直前になってまったく情報や準備がないままマッチメイクが組まれる」、「総合もプロレスもでる(プロレスの興行を休ませてもらえない)」など常識(?)では考えられない事情が大いに絡んでいるように思われた。要するに、必要な試合数を埋めるための「総合もできる便利な選手」として使い倒されているのだが、その無茶苦茶なニーズに応えるところがこの選手の表には現れない真面目さなのだろう。

「オレは別にいつ辞めたっていいしね。全然プロレス界に必要な人間じゃないし。潰すか潰されるか、それだけだ」 

上記はWikipediaにも掲載されているケンドー・カシンの名言。この言葉からも読み取れるように、カシンの語り口はいつもどこか冷めている。当事者でありながら、第三者目線、というか、批評家目線をカシンというレスラーは内在しているように思われた。プロレス自体を異化・脱臼させるような発言・行動もそういうところから生まれているんだろうな、と。そうした意味ではやはりこの人は「フツーのプロレスラー」では全然ないんだけれど。