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文化的消費活動の日記

佐々木英俊 『最強のナンバー2 坂口征二』

日本のプロレス黎明期から成長期、全盛期にトップ・レスラーとして活躍し、レスラー引退後は新日本プロレスの経営者として浮き沈みのある環境を乗りこなしてきた坂口征二公認の伝記。

鬼才であり、ある種のヴィジョナリーであったアントニオ猪木の長年支えてきた「ナンバー2」として広く知られている坂口征二だが、本書では少年期や柔道家時代の話にもかなりのページが割かれている。坂口は高校時代に柔道で頭角を現し、1964年の東京オリンピックの際には代表選手の最終選考にも残ったほか、いまなお伝説的に語り継がれる無差別級の金メダリスト、オランダのヘーシンク対策のための「仮想ヘーシンク」として神永昭夫らの練習相手となり、明治大学を卒業後は旭化成に入社し、社会人で柔道日本一になっている。高校、大学、そして会社……と組織での動きを身に着けてプロレス界に入ってきているのが、ほかのプロレスラーと比べて特異なところ、と本書でも触れられている。

そうした組織人としての性格だけでなく、坂口の柔軟さ、もっと別な言葉でいうと、素直さ、のようなものが本書では目立つ。柔道での輝かしい実績を捨てて、イチからプロレスを学ぶところはもちろんのこと、経営に専念した際には簿記の勉強をしたり、後援者だけでなく取引先と仕事としての交流を深めたり、とその場その場で必要なことに取り組める人だということがわかる。本書ではゴシップ的な話はほとんどないのだが(アントン・ハイセルだとか猪木対アリ戦だとか、とにかく大変な目に会いまくっているのだが、そうした怪事件に近い出来事に対しての暴露話はまったくでてこない)ビジネスマン、というか、ひとりの社会人として学ぶべき点が大変多いように思った。

端的に言って、めちゃくちゃ良い人であり、身体的にも内面的にも大きな人物であることがよく分かる。さらには「坂口征二最強説」を裏付ける証言も無数にでてくるのも面白い。日本プロレスから猪木が離脱し、その後、ジャイアント馬場が離脱し、新日本と全日本という二大団体の時代になっていく、その激動の時代も坂口征二は全部見ており……というか、猪木と馬場のあいだに挟まれる最重要人物でもあったわけで、歴史的な視点から言っても面白くないわけがない。

著者は少年時代から坂口征二に惚れ込んできたプロレス・ファンであり、プロレス関連のライターでも格闘技関係者でもないアルコール飲料関係の会社員……つまりはプロの仕事ではないのだが綿密な取材と資料の読み込みが文章に表れており、これまで読んできたプロレス関連書籍のなかでもトップ・クラスの面白さに仕上がっている。アマチュア、であるからこそできる愛のある仕事なのかも。