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文化的消費活動の日記

岸政彦 『ビニール傘』

 

ビニール傘

ビニール傘

 

 社会学者、岸政彦の小説。岸政彦による社会学的な著作では『断片的なものの社会学』は、2015年に読んだ新刊本のベストにあげた。『街の人生』もとても良い本。本書に収録された2篇「ビニール傘」、「背中の月」はいずれも大阪を舞台にした小説で、とくに芥川賞の候補作にも選ばれた前者は『断片的な社会学』を想起させる、断片的な話が移ろうように流れ、集積することで、中心となる強い物語なしに、心を揺さぶるようなストーリーを形成しているところがとても良かった。大阪、わたしには馴染みのない街で、いくつかのおそらくは大阪では通じるであろう固有名詞がわからない。のだが、その舞台で、おそらくは現実に存在するであろう(あるかもしれない)生活が、日常的な言葉で迫ってくる。とても生々しい。読む前から、なにか、リアルな生活を想像させる作品なのではないか、レイモンド・カーヴァーみたいに、という予測があったのだけれども、良い意味で裏切られた。「ビニール傘」に一番近いのは、長さが全然違うのだが、ロベルト・ボラーニョなんじゃないのか、と思う。構造的に。あと単純に、わたしはこの人の文章のたたずまいが好きなんだな、と思った。

ジョン・E・ウィルズ 『1688年: バロックの世界史像』

 

1688年―バロックの世界史像

1688年―バロックの世界史像

 

 「地球は回り、朝の光が、どんよりとほのかに青く染まった太平洋の大海原から、日本とルソン島の海沿いや森や平野に移っていく」。今年の1月に亡くなった歴史家、ジョン・ウィルズの『1688年』はこの一文からはじまる。ここまで美しく、詩的な情景を想像させる歴史の本が他にあるだろうか。この素晴らしい導入だけでもこの本は読む価値がある。

本書は、1688年、ヨーロッパの国々が世界中と貿易を盛んにし、中国では清が起こり、日本では井原西鶴松尾芭蕉が活動していた頃。ひとりの歴史家が、世界中のあらゆる場所で、なにが起こっていたのかをオムニバスのように書き連ねた一冊。

世界史の資料集なんかに載っている、地域ごとに列が分かれた年表を思い出してもらうと良い。その年表を、地域ごとに区切った列に従って、縦に読んでいくのではない。本書は、1688年という瞬間で横に読むグローバル・ヒストリーである。

著者の視点は自由で、全世界的な枠組みのなかから、さまざまな事件を選び取っている。各地域でおこった出来事が関係性を持つ場合もあるが、歴史的に重要なことばかりが選ばれているわけではない。まったくグローバルとは関係なさそうな、市井の人々の奇妙な死に方に触れる場合もある。

しかし、どんな事柄であっても、著者はすごく事件や人物に迫っていき、生き生きと描き出そうとする。そこがとにかく良かった。歴史を俯瞰するレンズと、接写するレンズが共存するようで、こういう歴史の描きかたもあるのか、と感心させられる。

電池がらみで買い物が続く

 

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 ここ数年、BRAUNの腕時計を愛用していた。それ電池が切れてしまったから、近所の時計屋に電池交換に持ち込んだのだけれど「BRAUNだと工場に送っての交換になるんですよね、3週間のお預かりで3000円です」と言われる。別な時計屋で前にも一度電池交換をしたことがあり、そのときはその場で即やってくれたので「え、3週間もかかるなら別なところに持っていきます」と立ち去ったのだった。その後、時計の電池交換もやってる靴の修理屋に持ち込んだら、同じことを言われる。

「BRAUNの腕時計って電池交換めんどくさいのか……(前に交換してくれたところはなんだったのか)」と途方に暮れつつも、自分の心は意地になっていて「絶対、即日交換してるところを探してやる」という気持ちになっていた。

 それで急場をしのぐために所謂「チープカシオ」というやつを買ったのだった。Amazonで1000円もしなかった。電池交換より安い……。

https://www.instagram.com/p/BQ9_ui6hCyh/

件のBRAUNの腕時計は、近所の眼鏡屋に持ち込んだらあっさり電池交換をしてもらえたので、この腕時計もほとんど使うことがなく持ち腐れてしまいそうなのだが、とにかく軽いので、ランニングするときなどに便利。

スーツ着て出社するときにつけてみたけど、やっぱり安っぽさが際立ちすぎてオシャレな感じにならなかった。スーツだけど足元はニューバランス、みたいな栗野宏文(UNITED ARROWS)的マジックは起きなかった。

土曜日は、出かける前にルンバを起動していたら、起動後10分ぐらいで、これまで聴いたことのない悲しいメロディが流れてルンバが止まった。丸4年使ったので、どうやらバッテリーがヘタっていたらしい。

 それで交換用のバッテリーを買った。iRobotの純正品のほぼ半額。どういう価格の仕組みかはわからない。ルンバの裏側の2本のネジを開けるだけで交換は完了。元気に動き出したので良かった。

(お知らせ)山田俊弘 『ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論』が刊行されました

 

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

 

 昨日の記事でも触れた山田俊弘さんの『ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論』(勁草書房)をご恵投いただきました。本書の出版プロジェクトには最初期からコミットしておりまして「あとがき」にもこんな風に名前を出していただいております。

初期近代の研究は2006年秋のアメリカ地質学会での発表に一区切りをつけ、翌年から日本地学史と教育史の研究に軸を移そうとしていた。ところが意外にも古い地学の事積に関心をよせる若い人がいるとの噂が耳に入ってきた。センスのあるブログ『石版!』の主宰者である紺野正武さんだ。彼の求めに応じながら、一般の読者のために原稿を書きかえていくという計画が立ち上がった。

 わたしがこの本の出版のきっかけになったような書きぶりになっていて恐縮ですが(何度かの中断を挟んで)編集でクレジットされているヒロ・ヒライさんのお手伝いをしております(ヒライさんのお仕事に関わるのは、これが4冊目、ですかね)。

3/8(水)には刊行記念イベントが銀座で開催されるそうです。わたしもリスナーのひとりとして参加いたします。みなさま、会場でお会いしましょう。

passmarket.yahoo.co.jp

まだ、わたしも完成版の内容を読んでいないので、以下、過去に書いた山田さんのお仕事に関する記事をご紹介いたします。『ジオコスモスの変容』を読む前に、どんな本なのか参考にしていただければ幸いです。

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山田さんが翻訳されているニコラウス・ステノの著作のご紹介。ステノは『ジオコスモスの変容』のストーリーを支える太い背骨のような人物。

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『ジオコスモスの変容』が生み出されるもととなった博士論文の第7章のご紹介。「遅れてきたルネサンス人」、キルヒャー荒俣宏なども紹介している人物なので、博物学好きの好事家には名の知れた人物。いまになってキルヒャーの仕事を振り返ると、フンボルトとかなり重なる部分がある、と思います(どちらもヴェスヴィオ山の調査に関わっていたりするし)。

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こちらが博士論文全体を紹介した記事。このあたりから山田さんの本の出版計画が進んでいたように記憶しているので、出版まで丸4年ぐらい経っている……。あとがきで「若い人」となっていますが、もうそんなに若くなくなっている……。

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最後に山田さんが翻訳者のひとりになっているプリンチペの『科学革命』について。これ、新書ぐらいのヴォリュームの本なのですが、勉強になりまくり、必携!的な一冊です。

アンドレア・ウルフ 『フンボルトの冒険: 自然という〈生命の網〉の発明』

 

フンボルトの冒険―自然という<生命の網>の発明

フンボルトの冒険―自然という<生命の網>の発明

 

 イギリスの歴史家が書いたフンボルトの伝記。昨年 New York Times で「今年最高の一冊」に挙げられていて「ほー、フンボルトですか、面白そうだな、読んでみようかな」と思っていた一冊。すぐに邦訳がでた(ありがたい)。フンボルトペンギンに、フンボルト海流、一般的に彼の名前を聞くのは、そうした単語に触れたときぐらいだろうか。かく言うわたしも全然知らなくて、ドイツの自然学者(だっけ?)みたいな感じで。それがページをめくり始めたら「なにこの人、めちゃくちゃスゴいじゃん!」と。

子供の頃から、とにかくネイチャーに触れるのが大好きだったフンボルト。その自然への情熱が高まりまくって南米に渡り、ジャングルの奥地を探検し、いくつもの高山を踏破し、当時の人間がだれも行ったことがなかった場所に辿って動植物を採取・観察。その後、ヨーロッパに戻ったら、ヴェスヴィオ山を調査したり、ロシアの広大な土地を探検したり。89歳で亡くなるまで、本を書き、それが欧米でベストセラーになりまくる。19世紀最大の探検家であり、活動する学者。ゲーテやシラーとも深い親交を結び、ダーウィンやソローにも大きな影響を与えた……簡単にプロフィールを記述するだけで、こんなスゴい感じ。

動植物の観察からフンボルトは、地球上のあらゆる生命が目に見えない糸(生命の網)でつながりまくっている! という着想を得る。ガイア理論の先駆け的な彼の発想は、人間の活動による自然破壊を指摘する最初期の環境保護思想へともつながる。本書がフンボルトを評価するいくつかの大きな軸が、この発想によっている。しかし、わたしが感動したのは、彼の発想、そして彼の書物が後の人々にどんな影響を与えたのか、だった。

フンボルトの業績を引き継ぐようにして最も大きく羽ばたいたのはダーウィンだったかもしれない。ネイチャー大好きっぷりの面ではソローがいる。本書ではそのほかに3人の「後継者たち」にページが割かれている。ジョージ・パーキンス・マーシュ、エルンスト・ヘッケル、ジョン・ミューア。いずれも聞きなれない名前だが、みんな、フンボルトの著作に熱狂した人物たちだ。彼らは、フンボルトが描いた大自然の情景に魅了されていた。

折しも、フンボルトの生きた時代って産業革命とまるかぶり。当時の西洋人は「自然は利用してナンボ」と考えていて、恐るべき自然、驚嘆すべき自然は薄れつつあったのかもしれない。たとえるならば、フンボルトの著作って National Geographic 的な「自然ってすげぇ!」という感覚を伝えるものだったのだと思う(このあたりが原書タイトルの The Invention of Nature とつながっている)。聞きなれない3人のフンボルトの後継者たちは、それに感化されて、都市から自然へと飛び出していく。ここが良かった。自分も飛び出したくなったよ、マジで。

あと、フンボルトの知的なバックボーンに、アリストテレスにはじまる伝統的な自然学や、デカルトのような新科学があったのも興味深かった(18世紀末に教育を受けた人だから当然といえば当然なのだが)。インテレクチュアル・ヒストリーの本ではないので本書ではそこまで深く触れられていないけれど、フンボルトの有機的な宇宙観・地球観は、デカルトの機械論的自然に反対するものでありながら、突然ポッとでてきたわけでなくて、言うなれば発展的にでてきたものなんだろな、と。

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

ジオコスモスの変容: デカルトからライプニッツまでの地球論 (bibliotheca hermetica叢書)

 

 フンボルト的なコスモロジーの直前がどうだったかは、ちょうどこないだ出たこの本に詳しい。ちょうど同時期にこの2冊がでたのはちょっと運命的にも思う。『ジオコスモスの変容』についてはまた今度。

室町京之介 『新版 香具師口上集』

 

香具師口上集

香具師口上集

 

 先日友達が読んでて面白そうだった本。わたしは見たことないけれども、バナナの叩き売りとか、ガマの油売りとか、街頭でリズミカルに口上をまくし立てて商売をする生業がかつての日本ではあったそうで、それらの歴史と、彼らが発声していた言葉をいろいろと収録している(CD付き)。収録されている口上は、基本、五・七調の気持ちの良い日本語、それだけでなく筆者が香具師の歴史について語る文章も、香具師の口上にならって五・七調になっている。音楽的な書物、と言えよう。