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文化的消費活動の日記

ローレンス・M・プリンチーぺ 『錬金術の秘密: 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」』

 

錬金術の秘密: 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」 (bibliotheca hermetica叢書)

錬金術の秘密: 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」 (bibliotheca hermetica叢書)

 

ヒロ・ヒライさん監修によるbibliotheca hermetica叢書シリーズの最新刊を読了。『錬金術の秘密』はヒライさん自らによる翻訳。平明でリーダブルな訳文は、さすがのお仕事。著者のプリンチーぺは科学史の権威で、邦訳は新書サイズの『科学革命』がある(これも名著)。本書では、古代ギリシャから現代(!)まで、錬金術がどのように営まれ、そしてそれは社会的にどのように扱われてきたのかを辿るものとなっている。あくまで、著者の視線は当時どういう意味があったのか、であって、今それらがどういう意味があるのか、ではない。そこには現代化学につながる先駆的な発見を称揚するような価値付けは存在しない。

プリンチーぺは、イカサマ師だとか、不老不死の妙薬を求めている、といった「通俗的錬金術のイメージ」を上書きする。西洋の錬金術師たちには、不老不死を求める者はひとりもいなかった(中国での錬金術的な営みとの混同が存在している)し、錬金術師たちは、文字通りの「金銀を錬成しようとした人々」ばかりではない(錬金術師たちのなかには、金銀の錬成、つまりクリソペアに否定的な人々もいた)。金銀を錬成しない錬金術師とは……? という疑問が沸くところだが、こうした混乱を避けるために著者は、現代の化学にもつながる錬金術師たちの営みを「キミア chimia」という当時の綴りをもって再定義している。

個人的に本書のなかで一番興味を引いた部分は、古くはディオクレティアヌス(3世紀の人物だ)の時代から、為政者たちによって、錬金術が「貨幣価値を乱す可能性があるもの」(つまりは通貨の信用を乱すもの)として危険視されていた、ということで。錬金術の本のなかに経済学的な視点が投げ込まれるのも本書の魅力のひとつといって良いと思う。

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