sekibang 3.0

文化的消費活動の日記

2024年5月4日、あるいは「しのぶ山」

5時前に起きる。サッカー観戦での日焼けで身体がピリピリ。朝ジム、胸、腕、腹筋。Metallicaを聴きながらやってたらテンションがブチ上がった。

帰宅後、Hに朝食を食べさせながら森泉岳土の『仄世界』を読む。これも鉛筆画の空間が広い絵で展開されている。素晴らしい。

些事を済ませて『新古今和歌集』を眺める。「下の心」という言葉がいくつかの歌ででてくる。たとえば、

知るらめや木の葉降りしく谷水の岩間に漏らす下のこころを(藤原頼実

「下心」というとあまり良い意味に捉えられないが、古くは『万葉集』の頃から使われていた言葉であると知る。隠している心、本心、ということだが「下」という字面からもあまり良い言葉には見えなくなっている。

また、

人知れず苦しきものはしのぶ山下はふ葛のうらみなりけり(藤原清輔)

で歌われるような「しのぶやま」はあの福島市にある信夫山のことなのか、と思って調べていたら、どうやらあの信夫山とは違うっぽく、信夫という地名自体は5、6世紀頃には成立しており「忍ぶ」との掛詞として、信夫あたりにある山を想定して読まれていたらしい。当時の朝廷近辺にいる人間で、東北に足を踏み入れた者がいたとは考えにくく、みんな、見たこともないけど、便利な掛詞として「しのぶ山」、「しのぶの山」とか言ってたに違いないのだが、見たことがない遠いところにあるらしい山、という「遠さ」こそが良いイメージを想起させていたこともあるだろう。たとえば吉野山(奈良)の具体性とは真逆の抽象性、だからこそ忍ぶ想いとも結びつく。

昼に焼肉きんぐにいく。GW恒例になっている気がする。苦しいほど食べて帰宅後、気絶。

その後、レコード屋へ。ポイント5倍デーであれこれ買う。

 
 
 
 
 
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リー・コニッツのアルバムは、ジミー・ジュフリーの編曲がものすごく良い。

帰宅後、レコードを聴きながらポケモンをしたりしてすごす。夕食になっても腹が空かなかったので、Hに素麺などを食べさせて自分はノンアルコールと少しおつまみ的なもので。

風呂上がりに昔見た展覧会の図録を眺めてて川端龍子(りゅうし)が男性だと知った。完全に女性だと思っていた。