sekibang 3.0

読んだ本などの記録

育児と思想

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生後2ヶ月がすぎた。仕事で忙しくしているあいだに季節も変わっていき、息子の重さがどんどんと増していく。安定感がある赤ん坊なのかもしれない。お風呂で顔にシャワーを浴びせても全然泣かないので頼もしい。外に出ると金木犀のにおいを感じる。家族3人で外に出るたび「金木犀のにおいがするね」と無意識に妻と子供に話しかけてしまう。

家で本を読んで過ごすことが少なくなり、本を読むペースが変わってしまった。いま、通勤時間にミシェル・フーコーなんか読んでいるけれども「全然頭に入ってこないし、もう難しい本を読むのは良いかな……そういうのはもう卒業で良いかな……」という気分になっている。

ただ、子供と生活するようになってじっくり読めた本の内容は、不思議と子供が生まれてからの生活とリンクしているような気がしてくる。たとえば『中動態の世界』。

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産後の女性は、夫に対して急に攻撃的になったりするらしい。それは必ずしもダンナさんが悪いことをしているから、ではなく、ホルモンのせいなのだという(幸い、わたしがそうした攻撃めいたものを受けている、と感じたことはない)。こうして、ホルモンによって、主体の振る舞いが変化してしまう現象は、非常に中動態的だな、と考えてしまう。

能動か受動かの二択による文法的世界にいた場合、妻の変化の「責任」は、ホルモンによって変化させられた「妻」に帰属させられてしまう(ホルモンが直接的に夫を攻撃しているわけではないから)。だが、中動態の世界を知ることは、そこで別な視点を持つきっかけを生むのではないか、と思ったりしたのだった。

「能動では、動詞は主語から出発して、主語の外で完遂する過程を指し示している。これに対立する態である中動では、動詞は主語がその座となるような過程を表している。つまり、主語は過程の内部にある」。フランスの言語学者、バンヴェニストによる中動態の解説をここで引用するだけでは「中動態的だ」という先の記述を説明することにならないし、このあたりで今、なにが中動態だよ、とうんざりしはじめているので、適当に切り上げておく。

『観光客の哲学』にも思うところがあったのだが、家族の繋がりって「郵便的マルチチュードだよね、そうだよね、実感するよ」と書くだけにとどめておく。

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育児マンガでの息子の顔はこれでいこう。