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文化的消費活動の日記

トマス・ピンチョン 『重力の虹』

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[上] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[上] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[下] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[下] (Thomas Pynchon Complete Collection)

トマス・ピンチョンによる「20世紀最大の問題作」を読みおえる。上下巻で1400ページぐらい。重かった……! 旧訳でも読んでいたが、内容はほとんど覚えておらず、よく知られているあらすじである「第二次世界大戦中、主人公のタイロン・スロースロップがセックスをした場所にナチス・ドイツによるロケット兵器が落ちてくる」、「あとなんか変態的な精神科医がでてくる」ぐらいしか覚えておらず、しかも、そのあらすじが全くこの小説の本質を捉えていないことすら覚えていなかった。

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#book 『重力の虹』の新訳がでたことで、旧訳の下巻の古書価格が半額近くまで落ちていたので、新訳の下巻と一緒に買ってしまった。11年の時を経て、ようやく上下が揃って気持ち良い!

旧訳の下巻は大学の図書館で借りて読んだ。学生時代で暇だったとはいえ、こんなものよく読んだな……と思うし、いったい「なにを」読んでいたのかは謎だ。

ただ、新訳で格段に読みやすくなっているかといえばそうではない。旧訳がひどすぎたから、理解できなかった、という問題ではなかったことが理解できる。というか、こんなにツラい小説を読むのはひさしぶり。とくに第1部から、錯綜するストーリーに、多すぎるキャラクター、サイケデリックなイマージュのアクセルが全開なので「えー、これ、俺、ついていけてる? 大丈夫?」と不安になりまくる。

第2部、第3部には部分的にかなり面白いエピソードが含まれているので「お、読めてる感じがするゾ」とか「『重力の虹』面白いじゃん!」とか思うのだが、第4部で物語がどんどん拡散していき、なんか有耶無耶な感じで終了する。第1部でものすごくはちゃめちゃに蓄積されたエネルギーが、第2・3部で収斂されていき、第4部で再びはちゃめちゃになるような流れ。

脚注によるガイドがポイントポイントで付いてくるから、多少はこの破天荒さに振り落とされないような親切さがあるものの、読み終えたときにちょっと徒労感を覚えなくもない。正直、人にはまったくオススメしない。「なんだこれは……こんな小説だったのか……」と終盤愕然としたのだが、普通の小説とは違う読書体験ができる本なのだ、と思うと多少納得できる。「パラノイア」という作中の重要なテーマが、そのまま小説の構造に生きている。これと比べると「普通の」小説は「正常な精神」で書かれている、というか「自己同一化」がなされている。

この小説を受容できる人が日本に何人いるのだろうか、と考えてしまうけれど、小説に詰め込まれたとんでもない知識量にはだれしもが驚くであろう。映画、音楽、工学、神学、神話、歴史。インターネットもパーソナル・コンピューターもない時代にどうやってピンチョンはこんなものを書いたのだろうか……天才すぎるだろ、と思うし、インターネットが未発達の時代に翻訳を作った旧訳のチームも立派だ、と思った。

とくに本書における化学の記述は、戦争をきっかけに発展した化学薬品や化学製品が戦後の生活に活かされていることを気づかせる。戦争とポップ・カルチャーの世紀、と20世紀を捉えようとして、それをひとつの本で表現しようとするとこういう小説にならざるをえないのかもしれない。