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文化的消費活動の日記

稲垣良典 『トマス・アクィナス『神学大全』』

先ごろ亡くなった日本の中世哲学研究の大御所による本なのだが、まず、タイトルがあんまりよくない。このタイトルだったらどう考えても「『神学大全』の概説書」的なコンテンツを期待すると思うのだが、実際は「著者が『神学大全』に長年取り組んできた結果、現代でも超重要だと思うトピック、というか、今こそとりあげるべきトピックについて論じます」的な内容となっている。俺流トマス・アクィナスって感じで、入門書風の装いなのにそうじゃないし、かなり内容も難しいと思う。「トマスの主張を◯◯だと批判するものがあるが〜」みたいな説教じみた話が度々でてくるのだが、大部分の読者がその批判や前提条件を持ってないと思うのでわからん。その一方で悪や自由意志を取り扱っている箇所はかなり面白い、というか、非常に独特なことが述べられている気がする。

たとえば、人がその自由意志によって悪いことを選択する、という問題において、その前提にはトマスのすべての存在するものは善であるというテーゼと矛盾があるんじゃねーか、みたいな話がある。存在するものが全部善であれば、悪いことを選択するということ自体が不可能なのでは、みたいな話……なのだが、そこでトマスが言うには、人が悪いことをする、っていうのには、そこに本質的に悪が存在しているわけではなくて、それは神の法への不注意に過ぎないのであり、人間のような矮小な存在には神の法を完璧理解するのは無理なんでしょうがない、みたいな話が出てくる。この神と人間の関係性。トマスは人間には本性的に神に近づこう、神を理解しようという性質が備わっているのだ、と言いながら、人間には神は理解できない、とも言う。この整合性どうなってんじゃい、って話が面白いし、哲学史における重要人物ってこういう「整合性どうなってんじゃい」要素を含んでいる方が重要人物になっているようにも思う。

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