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文化的消費活動の日記

ジェイク・ブラウン 『プリンス録音術: エンジニア、バンド・メンバーが語るレコーディング・スタジオのプリンス』

 

プリンス録音術 エンジニア、バンド・メンバーが語るレコーディング・スタジオのプリンス

プリンス録音術 エンジニア、バンド・メンバーが語るレコーディング・スタジオのプリンス

 

非常な多作とワーカホリックで知られたプリンスのスタジオ・ワークはどんなものだったのか。関係者への独自取材やプリンスへの過去のインタヴュー記事などから追った本。時期的にはプリンスの誕生からワーナーとの関係が悪化してプリンスの名義を発音不能な記号に変更したあたりまでを追っている(最後の章は、彼の突然の死のあとにどんな人が追悼メッセージを発信したのか、みたいなオマケ的なもの)。

愛用した機材(とくにリン・ドラムへの言及が多い)などテクニカルな記述も多いのだが、情報量的にはそこまでマニアックにはなっていない。コンソール・ルームに機材をセットして自分で卓を操作しながら楽器を演奏して録音していた、とか、いくつものスタジオ・ルームを掛け持ちしながら*1ものすごい速度で曲を仕上げていった、とか超人的なエピソードが紹介されているのがファン的には面白いところ。あとはプリンスについて良いことしか書いてない。褒め殺し的なところにはバランスの悪さを感じるかも。楽器が上手かった、仕事が早かった。この繰り返し、とも言える。

本書で扱われてる録音技術は、アナログ時代のものであり、そこには数多くのハードウェアが登場する。多くのハードウェアがソフトウェアに置き換えられ、コンピューターのなかに実装されている現代の録音技術環境とはまったく違う世界の話とも言える。プリンスが宅録的にひとりでアルバムを制作した『Sign o' the Times』でさえ、そこには数人のエンジニア(録音エンジニアや楽器のメンテナンス担当)の存在が不可欠であり、だからこそ、こうして証言がいろいろとでてきたんだよな、とも思う。プリンスが現代のDTM時代に生まれていたら、それこそ秘密裏に、無限に曲が録音され続けたに違いない。意味不明に楽器が上手く、意味不明に多作家の謎の音楽家として。

あと、ペイズリー・パーク、完全にブラック企業なんだよな……。プリンスがいつ録音をしたいと言い出すかわからないから、常に機材を完璧な状態にしなくちゃいけないから気が抜けない、とか、プリンスが全然寝ないからそれに付き合って長時間労働をしなきゃいけない、とか、エンジニアの苦労話もサラリと書かれている。

*1:スタジオAで楽器を録音したらあとの編集をエンジニアにまかせて、自分はスタジオBに移動して別な作業をする、とか

阿部和重 『ピストルズ』

 

ピストルズ 上 (講談社文庫)

ピストルズ 上 (講談社文庫)

 
ピストルズ 下 (講談社文庫)

ピストルズ 下 (講談社文庫)

 

阿部和重の「神町サーガ」が今年の初秋に完結する、と伝え聞き、長らく積ん読していた『ピストルズ』に手を付ける。2010年に単行本刊行だから、もう10年近く前の作品か……。雑にまとめるなら、謎めいた四姉妹の次女が語る壮大な一族の歴史、ということになるだろう。資料の積み重ね、過去作品の登場人物の登場など技巧的で重厚だ。現実の事件・風俗を絡ませつつ、サイケデリアな彩りがある*1。一方で物語の核は冒険活劇(代々伝わる一子相伝の秘術が四姉妹の末娘へと美少女へと受け継がれる、という『北斗の拳』みたいな話)なのであって、これは純文学の顔をしたエンタメ小説だよなー、と。しかしながら、特徴的な本書の大部分を占める語り。この語り口が異常に上品で、まるで叶姉妹よりすごいスーパー叶恭子みたいな人が喋っているよう。そうであるがゆえに物語の速度がひどく鈍重に感じられた。すげえ、けど、ダルい読後感。

*1:そこがめちゃくちゃトマス・ピンチョンっぽい。作中のBGMとしてサイケ・ロックの曲名がやたらと選ばれているし

文京洙 『新・韓国現代史』

 

新・韓国現代史 (岩波新書)

新・韓国現代史 (岩波新書)

 

なんの本がきっかけか忘れてしまったのだが「そういえば、韓国の歴史って全然知らねーな」と思って手に取る。韓国の現代史を近代の極東における中国を中心としたパワー・バランスや関係性から書きはじめ、日本による併合・日本敗戦にともなう解放、その後の米ソによる分割統治、朝鮮戦争、独裁や民主化といったトピックが振り返られている(朴槿恵政権の誕生とセウォル号事件まで)。新書のコンパクト・サイズながら内容の濃い良書だと思った。韓国の対日感情の変遷、逆に日本の対韓感情の変遷にもしっかりとページがさかれている*1。本書をきっかけに「東アジアのなかの日本の歴史・姿」を自分なりに学んでみたい気持ちになっている。あるいはK-Popもこうした政治的な文脈や社会の成長から学んでみたい気もする。

本書を読みながら強く思ったのは「韓国で起きたことは、これから日本でも起きる(あるいは起きている)」ということで。とくに韓国における格差社会とそれにともなう社会の分断・衰退は、あるいは軍部独裁時におけるマスコミの懐柔・言論統制や社会の「浄化」*2は、日本の現状とも重なって見えるし、学ぶべきところが多いように感じる。似たような問題を抱えている一方で、大きく異なっているのは、両国における「民主主義」のあり方だろう。

韓国における民主主義が時に多くの流血を伴った闘争によって勝ち取られたものだったのに対して、日本は戦後に与えられたものとしてなんとなく運用されてきた、という対比が本書によってはっきりと自覚できるようだ。韓国の歴史のなかで政治思想の異なりから内戦状態や虐殺事件が繰り返されている、というところに大きな国民性(?)の違いを感じもするのだけれど、民主主義を与えられた日本は、この「劣化」と「支配」をなんとなく受け入れる暗い将来が現実化するような気がしてならない……などと上から目線で評価するような態度さえも憚られるような昨今だ。

*1:一方で、韓国の対中感情や他のアジア諸国、ヨーロッパとの関係についてはほとんど記載がないため、他書もあたりたいところだ。

*2:1980年にクーデターで政権を奪取した全斗煥政権下では、暴力団、左翼、売春婦などが約6万人拘束され、そのうちの4万人が軍隊にぶち込まれて「再教育」された

ロザリンド・E・クラウス 『視覚的無意識』

 

視覚的無意識

視覚的無意識

 

モダニズムの眼が抑圧している欲望とはなにか?」、「現代最重要の美術批評家の主著」という惹句に魅せられて読んでみるも、ラカンを援用した図式とか出されてしまって大部分が「全然わかんない(笑)」となってしまった。役者解説で丁寧に本書の大まかな論旨を要約してくれているのだが、それでも全然ついていけてない。

かろうじてついていけたのが、ロラン・バルトのプロレス論(そんなのあるのかよ)の引用からはじまるピカソ論。これは面白い。論旨のコアを雑に紹介すると「ピカソは絵画は時間を静止させる特性を持っている、と言ってたけども、実はその作品には運動が隠されていて、アニメーション的、パラパラ漫画的だ!」ということになる。ピカソがプロレス大好きで何時間もテレビにかじりついてみていた、という証言がすでに面白いし、リング状でせわしなく飛び跳ねるほぼ裸の肉体が絵画のイメージと重ねられるのが良いな、と。

そういえば数年前にハル・フォスターの本を原著で読んでみたりもしたことがあったっけ。これもほとんど歯が立ってなかった。現代美術批評、いつか読めるようになる日がくるのだろうか(読めるようになってどうする、という気もする)。クレメント・グリーンバーグとかからちゃんと読んでいったほうが良いのかな。

川上未映子 『夏物語』

 

夏物語

夏物語

 

現代の日本文学をまじめにフォローしていない分際で、こういったことを言うのもどうか、と思うが、あくまで自分の観測範囲内のなかで申しあげると、今日日、本書のように正面をきってひとつのテーマ、また「こどもを作ること/生むこと」という大きなテーマ、についてそれを「是か非か」というストロングスタイルで問答するように進む物語、というのは大変に珍しいのではないか。その議論はこの上なくエモく展開され、見事に終結する。

おそらくは人間が生まれる瞬間に立ち上がった人間であれば、あるいは、子供を産まなかった/産めなかった人間であっても、個人的な記憶を共起されながら読みすすめることになるのだろう。見事な物語でありながら、どこかいびつな、雑な印象が残るのは、そうして読者の記憶を呼び覚ます、劇中人物たちの「断片的なもの」(社会学者の岸政彦が記録するような語り)を経由して、議論が進行するから、なのかもしれない。

分析できない断片。「この記述は物語上、必要だったのか?」と思われるかもしれないエピソード。個人的にはとくに紺野さんという人物の語り*1は、そのように響く。「子供がいない人間にはわからないよ」的な、ある種、紋切り型とも言える「(相手を傷つけつつおこなわれる)他者からの理解の拒絶」を提示する人物、ではあるのだが、その人物にも単なる物語上の道具ではなく、痛みをともなった生を感じた。

「これ、必要だったのか?」でいえば、第1部の存在も大きい。ここでは芥川賞受賞作の『乳と卵』を頭からまるごと書き直され、語り直されている。いきなり第2部からで良いんじゃないか、と途中で思わされたのだが、この語り直しが効果的に思えた。本書の読解において必ずしも『乳と卵』を読むことが必要とは思わないが、なにがオミットされて、なにが書き足されているのかを確認することは、小説家の意図を確認するうえで重要な作業になるだろう。単に「『乳と卵』2.0」的なリライト、作家の技量があがって解像度が劇的にあがった状態でおこなわれたリマスター版、ではなく、『オデュッセイア』的な「行って帰ってくる」性をより強く印象づけられる書き直し、より深く、よりエモく帰っていく。

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*1:奇しくもこのブログの書き手と同じ名字を持ち、同じ路線を使っている

東浩紀 『ゆるく考える』

 

ゆるく考える

ゆるく考える

 

2017年の『観光客の哲学』から東浩紀の著作に関心を再度持とう、と思っていたのだった*1。本書は2008年から2018年に書かれたエッセイをまとめたもの。全体は3部にわかれていて、2018年の新聞連載、2008-2010年の文芸誌での連載、2010年以降の単発の文章、という構成、時間が行ったり来たりする。

このうち、まんなかの部分が今読むとたいへん香ばしい。「ネット論壇」、「ブログ論壇」みたいなキーワードがでてきて、インターネット上の言論空間に「新たな可能性」が感じられていた時代の徒花のような文章。その後、インターネットの言論空間、といえば、Twitterが流行し、炎上と論争のメディア*2と化して、ブログもアフィリエイターの運営によるゴミのような情報が載っている媒体に成り下がってしまっている。過去のキラキラした希望と現在のイケてない状況との対比には懐かしさとともに、我がことのような恥ずかしさを感じずにはいられない。

「いまの気分」にハマるのは、やはり第一部の新聞連載の文章。媒体の特性もあってか、落ち着いた、読みやすい文体で書かれた「やわらかい哲学的エッセイ」といった装い。なるほど、こういう文章も書ける書き手だったのか、と著者の新たな一面を垣間見つつ 、改めて『郵便論的、存在論的』を読み直したい……(が、一生読み直せない気がする)という気持ちになった。

*1:参院選のあとに数年ぶりにTwitterのアカウントもフォローしてみたが、こちらは即座に断念してしまった。電話で誰かとの論争しているのを見せられているようなTwitter運用スタイルは見ていて疲れてしまう

*2:と言っても痴話喧嘩、対話ではなく友敵にわかれてお互いを罵倒し合うような暗澹たる有様であり

バールーフ・デ・スピノザ 『エチカ』

 

エチカ―倫理学 (上) (岩波文庫)

エチカ―倫理学 (上) (岩波文庫)

 
エチカ―倫理学 (下) (岩波文庫)

エチカ―倫理学 (下) (岩波文庫)

 

國分功一郎の「100分 de 名著テキスト」と一緒に買って積んであったスピノザの『エチカ』を読了。件のテキストは「わかりやすい!」という感想だけが残っていて、内容を全然覚えていないのだが、このテキストを経由していたおかげで読み通せた、という感じが強くある。定理と証明の繰り返しによって言いたいことを言っていく著述スタイル、「とっつきにくそうだな〜」と敬遠する理由のひとつでもあったこの書きぶりは、実際に読んでみたらそんなにとっつきにくいわけでもなく、むしろ、スピノザは証明部分を丁寧に書いている感じさえしている。

あと、國分功一郎は「下巻から読んだほうがわかりやすい」と言ってた気がするが、第1部の「神について」を読まないと全体的な世界観がつかめないので戸惑うように思った。とにかく、すべては神なんだ、と。わたしの甚だしく不安な哲学史の理解において、スピノザの時代の哲学界ではアリストテレス主義的な世界観・宇宙観が大メジャーであったハズである。その世相において、いや、神と自然ってわけられないよね、っていうか神以外に世界の法則というかルールというかを考える必要ってなくね? っていうスピノザがいかにヤバかったのか。イエズス会などは自然学を理解することによって、神へアプローチするんだ、というアプローチをとっていたわけだから、スピノザの言うことを真に受けてしまうと不可視的創造主に至るためのハシゴが外れちゃうよな、と。

第1部の最後のほうで「偶然っていうけど、世の中の起きることって全部理由があるよね(最終的にはその理由は神にたどり着くけど)。結局、理由がわかってないことを偶然って言ってるだけだよね。偶然って言ってる人って認識力が足りてないよね」みたいなことを言っている部分が個人的なツボで、あと一般的概念の形成や愛や情欲についての説明が面白いと思った。

まだまだ全然理解できている部分は多くないのだけれど、もう少しスピノザを読んでみたい、という気分になっている。読んでみたら予想よりも面白かったな。なぜ本書が『エチカ(倫理学)』なのか、っていうのもわかるし。「カラダ、鍛えたほうが良いよね、健康って大事だよね」みたいなこと言ってたりして。

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