sekibang 3.0

Nouvelle茶人、あるいは勉強家によるブログ

2021年5月4日、あるいはumiの日

 起床

7時ごろ。朝食後、筋トレ。腹筋、下半身。

昨日のレコードの続き。ケルンコンサートの2枚目のほうがまったく記憶になくて「こんなだっけ……」と思った。

 
 
 
 
 
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レコードを聴きながら水彩絵具遊びをしているのに混ぜてもらう。

 
 
 
 
 
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昼食後、引き続きレコードを聴く。

 
 
 
 
 
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リパッティのレコードをちょっとずつ集めている。EMIにはLP8枚分の録音を遺しており、うち2枚は持っている。いつもいくレコード屋にあと何枚かあるのは記憶しているので、いずれ回収したい。バッハのパルティータの録音が欲しいがそれはまだ見つけていない。

 
 
 
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5km走る。帰って昨日聴き逃していた「メロウな夜」を聴こうと思ったら、NHK-FMピアソラの特集番組を放送していた。小松亮太がホスト、美輪明宏がゲストで戦前からの日本におけるタンゴ受容の話をしていた。長崎の映画館とレコード屋ダンスホールに囲まれた家に育ち、上海経由で最新の文化がはいってくるそのなかにタンゴも含まれていた、というすごい話。

夕方からまた水彩画を書きながら白ワインを飲む。「メロウな夜」を聴き逃しで聴く。

umi / Introspection Reimagined 

Introspection Reimagined

Introspection Reimagined

  • 発売日: 2021/03/26
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

大注目の日系シンガー、ジョイス・ライスと共演していたumi(彼女も日系)の曲が紹介されていて大衝撃を受ける。過去作へのリトライ的なEPのようだが、ネオソウル色が濃厚な素晴らしい楽曲群。これもフィジカルでのリリースがないようなので寂しい限り。

夕食の途中で買っていた日本酒を開けるがやや失敗。甘すぎて糖質ゼロビールを開けた。

 
 
 
 
 
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食後にストレッチ。夜のためにエスプレッソを飲む。

日本美術の歴史 補訂版

日本美術の歴史 補訂版

  • 作者:辻 惟雄
  • 発売日: 2021/04/28
  • メディア: 単行本
 

Hの水彩画に刺激されて少し日本美術史を読み直し(なんと自分が持ってる版の改訂版が出ている!)。やはり、やまと絵と漢画を融合させた狩野元信は偉大すぎるな、と再確認する。その後、16世紀に日本美術は加速する印象があるが15世紀のオリジンが圧倒的に重要な気がする。15世紀が日本におけるルネサンスであり、16世紀以降の狩野派の隆盛とはマニエリスムに過ぎない、のかもしれない。

寝かしつけを終えて、読書へ。

向井太一 / COLORLESS 

COLORLESS

COLORLESS

  • 発売日: 2021/04/21
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 Apple Musicからおすすめされていたが、なんとなくスルーしていた新譜。これも「メロ夜」で取り上げられていた。すごい! パッと聴いただけでは「普通に良い感じのR&B」だが、サウンド・メイキング、とくにリズムのヨレ(訛り)は Jazz The New Chapter的なものを感じる。トランペッターの黒田卓也も参加している、ということもあるのだが、韓国にはサミュエル・セオが、日本には向井太一が、とでも言っておこうか。

『哲学の歴史』6巻のメモ 

 引き続き、ジョン・ロックの章。ロックの意志論についてメモしておきたい。「ロックは、自由な行為をする主体の意思が何によって決定されるかを考察し、第二版*1以降では、「不安定感」(uneasiness)、つまり、満たされない気持ちや落ち着きのなさが、意思を決定するという」(P. 116)。この箇所だけ見ると、ロックが自由意志の擁護をおこなっているようにみえるが、別な箇所では決定論的な論述をおこなっている旨を筆者は指摘してる。が、これって不整合な話なんだろうか? と思う。「満たされない気持ちや落ち着きのなさ」は外的要因によって生じる、それに基づいて意思の決定がおこなわれる、だから決定論だ、という話と、いや、意思自体はそこで選択の自由があるはずだから自由なのだ、という話が普通に同居しているように読める。
こうした哲学的な論点をメモしておきたかったわけではなかった。「不安定感」という表現は、音楽のコード理論におけるドミナントと重なる。この点に注目しておきたかったのだった。ドミナントはよく、トニックに「向かいたくなる」と、まるで意思をもったもののように表現される。しかしながら、逆にトニックへと「惹きつけられる」という言い方もできるはずだ。ここでも自由意志と決定論は同居している。
後半は『寛容についての書簡』と『統治二論』における政治哲学に関しての議論。関心からは逸れるのでほとんど読み飛ばししているが、所有権に関する議論は面白い。ロック曰く「すべての人間は、自分自身の人身に所有権をもっている」(P. 149)。それゆえ、自分の労働力は自らが所有権をもつ。さらに「誰でも自分の労働力を自然の対象に「混合」ないし「結合」することによって、その対象に所有権を獲得することができる」(同)。ツバをつけたものが勝ち! みたいな話。

*1:『人間知性論』の