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文化的消費活動の日記

桑木野幸司 『ルネサンス庭園の精神史: 権力と知と美のメディア空間』

サントリー学芸賞受賞作。記憶術に関する著作や建築関連の翻訳で知られる研究者が2019年に刊行した庭園史に関する著作。14世紀のイタリアの文人たちによって再発見された自然の美や風景をときの権力者たちは自らの庭に配置・再現しようとした。このイタリア式庭園は15 世紀から16世紀のあいだ、ルネサンスの花ざかりに登場した芸術家たちの助けを借りながら進化・様式化し、イタリア内外の知識人たちを魅了したのだという。当時の権力者たちにとって、庭園は日々の慌ただしい仕事から解き放たれリフレッシュを得るための余暇の場であり(都市の喧騒から離れ、休暇中は田舎でリフレッシュをする、というライフスタイルは古代ローマの帝政期にはすでに都市部のエリートのあいだで流行していたのだという。古代ローマのデュアルライフ!)、自らの権勢を示すメディアであり、また記憶術や植物学といったものにも利用されるインテレクチュアルな場でもあった。当代随一の美文家といっても過言ではない著者による流麗な文章は、さまざまな資料をもちいながら、想像力を刺激して、ときには現存していない庭園へと読み手を案内していく。

そこそこ高価な本なのだが、一般向けにも広く読まれてほしい大変愉しい本である。個人的な読みどころとしては、メディチ家のゴッド・ファーザーたるコジモ・デ・メディチが、莫大な金動かして経済も政治もやりながら、自分で農地や果樹園の手入れして、プラトンを読んでいた、という記述にときめいたし(坂口恭平のようである)、日本式庭園や中国式庭園でみられる見立てや借景のような美学が、ルネサンス期の庭園にもあったことに興味をそそられた。もっとも、自然をミニチュア的に模していく東洋式庭園と、様式化が進むにつれて樹々が幾何学模様に刈り込まれたり、大掛かりな噴水や仰々しい彫刻によって飾り立てていくルネサンス式庭園とはまったく異なった様相を示すのだけれども。ルネサンス式庭園は、自然と技術の競演であり、技術による自然の支配、という感じがする。