sekibang 3.0

文化的消費活動の日記

菊地成孔 『服は何故音楽を必要とするのか?: 「ウォーキング・ミュージック」という存在しないジャンルに召還された音楽たちについての考察』

「ファッションニュース」誌で連載されていた菊地成孔による連載の2003年から2007年分をまとめた本(単行本化される際に増補がおこなわれている)。ファッション・ショーをそこで使われている音楽とともに一種の総合芸術(著者が本書で引き合いにだしているのはエイゼンシュタインであり、映画だ)として扱おうという意欲的な批評実験……のようなものなのだが、著者の一連の著作のなかでももっとも渋い一冊であるように思う。本人があとがきでも自分の本のなかでほとんど語られない著作と綴っているのだが、ファッション批評の本でありながら本書には一切写真が用いられず(権利的な問題があると思うのだが)多くの読者は……わたしも含めて……本書をどう受け取って良いのかわからないのだと思われる。

寝かして読みどきになっているかどうか。はっきり言って微妙なところだ。最初の記事が2003年。いまからちょうど20年前、ということに驚きもするのだが、結局、本書を読み通したときに残った読後感の多くを占めるのが、その時代の遠さである。2003年から2007年。奇跡的な時代が切り取られている、と言えるだろう。日本経済について本書では一切触れられていないが、それはリーマンショック前の景気回復期にあたる。それがいかに牧歌的な時代であったのかは著者も文庫版あとがきのなかで触れている。実際には昭和・平成に蓄積されてきたレガシーをどんどん売り払い、食いつぶしていく構造改革の時代であったわけだが、いまよりはるかに余裕や豊かさが感じられる雰囲気が漂っている。地震、疫病、戦争(戦争は、当時もやってたか)、それらを経験した現代のファッションは、社会と向き合うのがひとつの正解、みたいなことになっちゃっているわけで。