株式会社ゲンロンの10年を語る社史でありながら、語り手自身の変化が併走していく。わたしは『観光客の哲学』以来、ゆるく動向をウォッチしている程度のライトな読者、ぐらいの自覚でいるけれど、本書で語られる経営者・ビジネスマンとしての変化は、彼の思想とも密接に絡んでいることが理解できる。「友でも敵でもない関係性から社会の結び目を新たに構築していく」という『観光客の哲学』での主張は、「反スケール(つまり普通の資本主義的営利企業のようにビジネスを大きくしていくことを目指さない)」という経営思想と共鳴、あるいは肉付けされるように読める。
個人的にはこの「反スケール」という呼び方よりも「非スケール」という呼び方のほうがしっくりくるのだが(「反」では、ビジネスの成長そのものを否定するようだから)、インターネットを利用しながら、バズったり、大量に消費されたりするようなものを目指すのではなく「なんとかやっていける規模を継続していく」というあり方は(インターネットの世界外ではなにも珍しくないのだけれど)新鮮に映る。エコロジー思想的なサステイナブルがどうのこうの、という話と近しいようで、ちょっと違う。小規模な農家のひとが、なんとかやっていっている感じ。それはバズったりして儲けている人からしたらあまりにも小さな仕事、つまらない生き方に見えるのかもしれないが、それらの人たちがなんとかやっていくこと、それ自体が、それで良いじゃないか。信者を囲い込んで儲けるのではなく、インターネットで、あるいは批評や哲学で、普通に暮らすための経済組織 = ゲンロン、のように読めた。
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