sekibang 3.0

文化的消費活動の日記

2023年8月8日、あるいは○○でしか埋められない

5時に起きる。昨日のデッドリフトの充実がハムストリングスやお尻に効いている。

iPhoneWebカメラにしてオンラインMTGにでているあいだに色々設定をいじってたら、センターフレーム機能やポートレート機能がオンにできることに気がついた。また会議クオリティがあがってしまう。

昼にジム。胸、腕。

今年の夏はロレンス・ダレルだ、と思い、こないだから『アレクサンドリア四重奏』に手を付けている。読んだことないタイプの小説。モダニズム、ということなんだろう。前から後へとリニアに物語が流れていくタイプではなく、えらく断片的、徐々に物語が立ち上がっていくタイプなのだが、こういう書き方が許される時代があったのだ、ということ自体が感慨深い。嫌いな表現ではあるが「上級者向け」の書き方。まだ面白いか全然わからない。ダレルについては『アレクサンドリア四重奏』も『アヴィニョン五重奏』も絶版なのだが時代に求められている作品という感じは一切しない。悲しいことに。しかし、もはやこんな小説はありえないだろう。これからの日本から生まれようがない。「海外文学」でしか体験できない読書体験。

○○でしか埋められない感情。たとえばエロ漫画にしか埋められないもの、というものも確実に存在する。多くのエロ漫画がクリシェや記号によって構成されたものであるのだが、ある種の作家の成果物には、クリシェや記号を超えた表現を感じる。